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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1733

今週も清く正しく美しい通い妻に慣れてきた中村士長は松山1尉の官舎で家事に励んでいる。掃除と洗濯を同時進行で進めながら時間になれば食事の支度を始める。最近の女性にとっては労働に過ぎない家事が中村士長には軽い運動による気分転換、何よりも奉仕の喜びになっている。
「松山1尉、試合の応援に来て下さい」中村士長は自分で買ってきたトレイで手料理の夕食を運び終わると、こちらも買ってきた座布団の席に置いてあったセカンド・バッグから2折りの封筒に入った紙片を取り出して手渡した。最近は関白亭主のように座卓で座って待つことが自然になっている松山1尉は怪訝そうな顔で受け取って中身を見た。
「試合って空手のかァ」印刷されている文字を見て松山1尉は少し顔を強張らせた。守山に配属された頃、中隊長のモリヤ1尉から幹部以前の自衛官としての最低限の素養を身につけるように指導されたが、その中に護身術も入っていた。モリヤ1尉は普通科の幹部でありながら銃剣道を「実戦の役に立たない棒突き遊戯」と否定しており、接近戦には素手で戦う格闘技を修得するように言っていた。モリヤ1尉のお勧めはボクシングだったが、思いがけず連隊の銃剣道の強化訓練に入れられたため格闘技そのものから遠ざかってしまった。
「モリヤ1尉は少林寺拳法をやってた頃、極真の黒帯と練習試合をやらかして回し蹴りで気を失ったらしいよ」当時、モリヤ3曹は少林寺拳法の全自衛隊大会で優勝した猛者だったのだが同じ初段同士で練習組み手をやり、水月(みぞおち)に会心の突きを入れたにも関わらず後頭部に回し蹴りを返されて気絶した。モリヤ1尉は中隊の徒手格闘の試合教習の前に「真剣勝負」の実例としてこの話を告白していた。
「モリヤ中隊長の武勇伝って負けた話が多いみたいですね。姉も失敗談ばかり聞かされるのにそれが尊敬する気持ちになるのが不思議だって言っています」中村士長の相槌を聞きながら入場券を見直すと料金が書いてある。本当は有料で、かなり高額なようだ。
「S席5000円ってリングサイドだろう。食べ終わったら払うから待っていてくれよ」「リングじゃあないですけど・・・料金は要りません。私が応援に来てもらいたいんです。松山1尉が見てくれれば勇気百倍、ロッキーとエイドリアンの逆の役を演じられます」意外にも映画好きな松山1尉もボクシング映画のロッキーは映画館で見て、レンタル・ビデオで借りて見て、最近はインターネットでも見ている。試合場の上でボロボロになった中村士長が「松山1尉」と叫んだなら観衆を掻き分けて駆け上がらなければいけないのか。馬鹿なことを考えていると中村士長が音を立てて手を合わせ、食事の前の挨拶になった。
愛知県大会で中村士長は順調に勝ち上がって行った。最近の極真会館は分派した団体からも同じルールを前提に出場を認めており、最近は寸止め・当て止めの伝統空手の参加者までいて他流試合大会の様相を呈している。尤もモリヤ中隊の徒手格闘の試合教習も異種格闘技戦だった。
「赤、中村裕美初段、守山区山本道場、白、金充珠(キム・ユンジュ)選手、跆拳道(テコンドー)名古屋道場」2回戦の対戦相手は在日半島人の跆拳道の選手だ。空手衣と言うよりも関東の日本拳法のような頭からかぶる方式で襟が黒色になっている道衣を着ている。すると場内が急激に騒がしくなった。先ほどから「試合中は静かにするように」と注意を受けているが、在日半島人の癖に「日本語が判らない」と反論していて一向に聞く気がないようだ。
「チェオチ(倒せ)」「タエリミェオン(殴れ)」「ゲオデオチャ(蹴れ)」「イギル(勝て)」「ユテ(討て)」会場の日本人に理解できないことを好いことに声援は興奮に合わせて汚くなり罵声と化している。本当は記述できない禁止用語が並んでいた。余計なことに松山1尉は半島語も理解できるので腹の中で怒りが燃え上がり、内臓が煮えたぎってきた。
「そいつは日軍(=自衛隊)だぞ。殺しても構わない」「殺せ(ジギェオラ)」「殺せ」「殺せ」出場している選手の個人情報を見たらしい人間の説明に罵声は武道の試合場では禁句の連呼に陥ったが、場内アナウンスは「静粛に願います」と日本語で呼び掛けるだけだった。
そんな異常な空気の中、中村士長が登場した。反対側の通路から跆拳道の金選手が姿を見せたため場内アナウンスで静かになっていた声援が再開して、まさしく「四面楚歌」状態だ。
「裕美、ファイト」松山1尉は気がつけば立ち上がって号令調整していた。今まで中村士長を名前で呼んだことはない。記憶にもない名前が口から出たのは胸の中に1人の女性として住み始めているからなのかも知れない。その声が届いたのか中村士長は顔を向けて会釈した。
両者が試合場の中央で向かい合って立つと、中村士長は顔の前で両手の拳を交差させて腰の前に据える極真会館の作法で構えたが、金選手は嘲笑するような顔で力を抜いて立っている。
「正面に、礼」「主審に、礼」「互いに、礼」主審の指示で「礼」を行う作法も、中村士長は基本教練式に模範動作だったが金選手は頭だけを下げ、「互いに」は無視した。
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  1. 2019/11/13(水) 12:32:50|
  2. 夜の連続小説8
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