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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1734

「始め」「ヤッ」主審の開始宣言とゴング代わりの太鼓を合図に中村士長は短く気合を入れ、左足を踏み出して両肘を張って拳を顎の前に構えた。一方の金選手は爪先で軽く跳躍しながら体勢を左右に替えている。手も構えを固定せず挑発するように自由に動かしている。中村士長が慎重に間合いを詰めていっても特別に対処する様子はない。
すると突然、左足で踏み切って身体を前屈させながら右足を胸部に振り込んできた。中村士長が後ろに飛び去るとそのまま床についた右足を支点にして身体を捻り、左足を振り抜いてくる。間合いは一気に詰まり、左足の踵が脇腹に当たった。ただし、左腕で防御していたため無効だった。世間一般では極真会館の試合はノックアウトで勝敗を決すると思われがちだが、実際は相手にダメージを与える打撃を加えれば「一本」になる。寸止め空手の打撃が形だけなのに対して実際に当てるからフルコンタクトなのだ。
金選手は主審を見て効果をアピールしたが、中村士長が即座に体勢を整えたのを指差して首を振った。中村士長は不満そうな金選手が開始位置に戻ったところで攻撃を開始した。
「エイッ」跆拳道は気合を入れないが極真空手は日本の武道であり、気合いで意識を集中し、呼吸を止める効果を認めている。中村士長は先ずはロー・キックでフットワークを封じ、体勢を崩すことから始めた。床を這わせた足の甲で脛を蹴りながら低く振り上げた足で膝を上から蹴り落とすロー・キックを不規則に繰り返す。金選手のフットワークは乱れ、忌々しげに視線を下に落とした。その間にも胸に向かって正拳突きを繰り出す。これで防御のために腕を上げれば腹に向かって正拳を突き入れる。体重をのせた正拳突きであればダメージは十分だ。
ところが金選手はステップで後退した後、強く床を蹴り、膝を立てて跳び蹴りを加えてきた。目標は顔面でも人中(じんちゅう=鼻の下の溝)だった。
「ガキッ」中村士長は腹部へ正拳を突き出すために姿勢を下げており、膝が顎をとらえた。ここで倒れれば「一本」を取られてしまう。中村士長は朦朧としている意識のまま構えると空振りと判っている突きを数回繰り返した。すると切れた唇から床に血が飛び散った。
金選手は「イッポン」と判定を要求したが、主審は「手で頭を押さえた。反則」と相殺して無効とした。それにしても人中は強打すれば生命作用をつかさどる小脳に衝撃を与え、鼻骨が折れれば脳髄を損傷させて致命傷につながりかねない。その急所を跳び蹴りで狙ってきた以上、場内の声援は本気だと言うことだ。案の定、試合が始まって静かになっていた在日半島人たちは「ジギェオラ(殺せ)」と連呼を始めた。
極真会館の試合時間は2分だ。観客には短か過ぎるように思えても、死力を尽くしている選手には無限のように感じる。それでも残り時間が少なくなっている。このままでは先ほどの膝蹴りで優勢勝ちを取られるのは間違いない。
「ヤーッ」中村士長は膝を曲げて腰を少し落とすと踏み切りながら右足で頭を狙って回し蹴りを放ち、金選手が身体を反らしてかわすと着地した右足を支点にして身体を回転させ、左足で後ろ回し蹴りを続けた。今度は踵が金選手の首を強打した。高速だが軽い跆拳道の足技とは違い、体重を乗せた極真会館の回し蹴りの威力は金選手の体勢を崩した。その時、太鼓が鳴り、時間切れによる試合終了を告げた。
「判定」主審の言葉を受けて対角に座っている2人の副審は赤白両方の旗を上げた。それを確認して主審も背後から手渡された赤白の旗を上げた。
「引き分け、延長」主審の声に道衣の乱れを直していた中村士長は腰に拳を据える構えになる。目の前の金選手の細い目には憎悪を超えて殺意が燃え上がっている。幸いなことに意識は戻っている。それでも深く息を吸うと口の中に流れている血でむせてしまい袖に吐いた。
「始め」「裕美、ファイト」主審の開始宣言と太鼓の音に続いて松山1尉の絶叫が聞こえた。それを聞いて中村士長は腫れ上がった唇で笑ってしまった。すると金選手は何故か後退さった。
「エイッ」突然、中村士長は寸止め空手の前蹴りを繰り出した。これは蹴りながら大きく直進して相手を追い詰める技でもある。中村士長は小学生まで姉たちと一緒に父から松濤館空手を習っていた。ところが上の姉に続いて下の姉も高校に進学して和道流の空手部に入ったのを機会として市内の極真会館の道場に通うようになった。だから寸止め空手も付け刃ではない。
跆拳道には前蹴りがないため金選手は防戦一方になり、試合場の端まで負い詰まられると視線を向けて境界線を確認にした。中村士長はその機を逃さなかった。
「イヤーッ」中村士長は跆拳道だけでなく極真会館でもあまり用いない足刀で金選手の顎の下を蹴り切った。金選手は仰向けに倒れ、白目を剥いて手足が痙攣を始めた。
「一本、担架を」主審は判定だけを下すと金選手に駆け寄って係員に声をかけた。
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  1. 2019/11/14(木) 10:40:58|
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