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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月23日・牡蠣の日

11月23日は「牡蠣の日」です。牡蠣フライが数少ない大好物の野僧としては十数年ぶりに食べてみたいところですが(その前に牡蠣の供養を勤めて)、実にクダラナイ由来を知って煩悩は終息しました。
11月23日は語呂合わせで「好い夫婦の日」ですが、その他に神道では全国で搾取した農作物が朝廷に届いたことを祝す新嘗祭であり、これを敗戦後に宗教色抜きの祝日にした「勤労感謝の日」です。「牡蠣の日」はその趣旨の「勤労を尊び、生産を祝し、国民互いに感謝し合う」に対して「栄養価が高い牡蠣を食べて疲労を回復してもらおう」と全国漁業協同組合連合会が2004年に制定した早い話が「勤労感謝の日」への便乗です。
その論理でいけば「牡蠣を食べて大人の身体を作れ」と1月第2月曜日の「成人の日」や「牡蠣を食べて元気に育て」と5月5日の「子供の日」、さらに「牡蠣を食べて長生きして下さい」と9月29日の「敬老の日」でも良くなりますが、12月から鍋の季節になって消費量が急増するためその前祝いとしての意味もあるようです。
牡蠣の調理方法には意外な歴史があります。日本では京都や主要都市が内陸だったため高い栄養価と引き換えに腐敗が早い牡蠣の生食いは海岸に近い地域の特権になっており、腐敗防止の酢締めや鍋物などの加熱した料理が発達しました。一方、欧米では漁師から買ってその場で食べる生食いが一般的で、月の呼称に「R」がつかないメイ=5月、ジュン=6月、ジュライ=7月、オウガスト=8月は産卵期に当たり、精巣と卵巣が肥大化して食用に適さなくなるため避ける習慣が発生したのです。したがって日本で牡蠣の生食いが普及したのは明治以降で外国人から生食いを学んだ数少ない食材なのです(日本では生の野菜の料理を意味するサラダも欧米では軽く加熱することが意外に多い)。
野僧はフリャー(=フライ)好きの愛知県生まれのため子供の頃から海老フリャーと牡蠣フリャーをお祝の御馳走として育ちました(トンカツは別格の贅沢品だった)。ところが野僧が赴任した頃の沖縄では牡蠣を食べる習慣がなく、亡き妻を居酒屋「養老の滝」に連れて行って食べさせたところ味には感激したものの噛み切った断面を見て「気持ち悪い」と言い出して困惑したことがあります。それでも店員に作り方を訊いてダイエー那覇店で材料を買って作ってくれましたが、珍しく1個をそのまま口に入れていました。
都市部では現在も「牡蠣は広島の名産だ」と言っていますが、下関市の海栗(ウニ)の瓶詰が濃い味付けで素材の味が全く判らないのと同様に東北の外洋に面した湾で育った牡蠣に比べれば臭みが強く、不純物の味がします。ただし、あの究極に美味な牡蠣をフリャーにしてしまうのは勿体ない。そこが悩ましいところです。
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  1. 2019/11/22(金) 13:18:56|
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