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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1750

「法務官室のモリヤ2佐だけど」入室した回数は片手にもならない防衛部に入ると「戦闘員」と言う雰囲気を全身から発散する陸上自衛官たちが一斉に顔を向けた。私自身も普通科の幹部なので威圧はされないが、今では迷彩服が似合わない弁護士兼業の法務幹部だ。
「幕長もお待ちです。どうぞ」防衛部の総務担当の2佐が柔和な笑顔で声をかけたが発声と口調はどこか号令的だ。それにしても幕僚長も同席するとなるとイヨイヨ大事(おおごと)だ。私は2佐に黙礼すると平常心を保つための念佛を唱えながら部長室のドアをノックした。
「法務官室のモリヤ2佐です。入ります」「うん、入れ」返事は陸上幕僚長だった。8月末に就任したばかりなので訓示などで声は覚えている。通常、上級者が同席していても部屋の主が答えるものだが、今回は幕僚長が主客で防衛部長は場所を提供しただけなのかも知れない。
「モリヤ2佐とは災害派遣の巡回法律相談で会って以来だな」「はい、その節はお世話になりました」あの時、幕僚長は東北方面総監だったので陸上幕僚監部から派遣された私の方がお世話をしたのだが余計な分析は止めておく。そこに女性事務官が私のコーヒーを運んできた。岡田事務官なら容姿と作法に遜色はないが二村事務官では雲泥の差だ。この人選の格差は防衛部長と法務官では来客の重要度が違うと言うことなのだろう。
「ところで君に訊きたいことがあるんだ」前置きとして訊かれたイージス艦と漁船の衝突事故の裁判の現状の説明に区切りがついたところで防衛部長が切り出した。
「モリヤ2佐は岡倉信一郎と幹候校の同期だったな」唐突に懐かしい名前が出た。確かに岡倉は前川原の同期の中でも親しかった友人だが所在不明になって以降、同期会名簿からも削除され、存在したことが抹消されたような扱いになっている。
「はい、間違いありません」私は答えて良いのかに迷いながらも率直に肯定した。すると防衛部長は表情を変えずに話を続けた。
「守山では松山千秋の中隊長だったな」今度は守山の第35普通科連隊の中隊長の時に配属されてきた松山3尉だ。こちらは災害派遣の時に再会を果たしているが名寄の第3普通科連隊で中隊長をしているはずだ。それにしてもこの2人がどう結びつくのかに全く思考が及ばない。私が困惑した顔をしていると幕僚長が少し身を乗り出して口を開いた。
「この2人の人物評を訊きたい。私見で良いから率直な評価を聞かせてくれ」「しかし、岡倉とは幹候校を卒業して以来、会っていませんし、松山3佐とも守山での2年だけですから責任ある回答はしかねます」私が張った予防線に幕僚長と防衛部長は顔を見合わせて苦笑した。
「勿論、当時の印象だけで良い。岡倉はどんな人間だったね」「探究心が旺盛で私と対等に議論できる数少ない好敵手でした」本当は佳織と結婚するまでの戦略を策定した軍師でもあるが、個人情報に属するので触れなかった。
「幹部としてはどう評価していた」「指揮官としては右に向かうと決めて部隊が変進した後も何度も振り返って左の道を確認するようなところがありましたからトップよりもスタッフ・タイプだと思っていました・・・惜しい人材でした」本来は禁句である最後の補足にも幕僚長と防衛部長は何故か苦笑した。
「松山についても同様の質問だ」「彼はW稲田大学政治経済学部出身だけに戦闘員よりも軍政家として活躍させるべき大器です。だから駐屯地司令になって行政官として辣腕を揮うのを楽しみにしていたんですが、上司の狭量に潰されたようです」これは私自身も言われていることだが、司法試験に合格したおかげで分不相応な2佐になっている。一方、松山3佐は名寄の前は青森の第5普通科連隊の所属だったので東北方面総監時代の幕僚長に仕えたのかも知れない。つまり人事的な不遇への批判は幕僚長にも及ぶことになるが、眼鏡を掛けた知性的な顔を曇らせただけで怒りの色は見せなかった。
「そうなると岡倉と松山の組み合わせと言うのも面白そうだな。そんな部隊ができたらどうなる」ここで防衛部長が冗談めかして口を挟んだ。この設問は冗談としても無理があるが、気づかないで応じるのが自衛隊生活の知恵だ。
「岡倉は階級や期別などには拘らず相手の能力を上下の判断基準にする人間ですから、松山3佐のずば抜けた頭脳と強烈な探究心を目の当たりにすれば心酔するんじゃあないですか。下手すれば指揮官に担ぎ上げて自分は部下として能力を最大限に発揮するかも知れません」「そうか・・・我々は惜しい人材を埋もれさせているんだな」私の見解に防衛部長は我が意を得たりと満悦した顔になったが、幕僚長は沈んでしまった。
「この話は・・・」「はい、モリヤ2佐」最後は防衛部長が釘を刺す前に私が守秘義務を申告した。本当は佳織に聞かせたい話題だが、口封じに消されないためには忘れる方が賢明だろう(?)。
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  1. 2019/11/30(土) 12:41:34|
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