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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月1日・米英中によるカイロ会談の合意事項が発表された。

1943年の11月22日から26日にエジプトのカイロでアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、中華民国の蒋介石総統が会談し、11月28日から12月1日にはイギリス領だったテヘランで日ソ不可侵条約があったため秘密裏にソ連のヨシフ・スターリン書記長との米英ソ3者会談が行われて、
明日12月1日にカイロでの合意事項が発表されました。
この合意事項が後のポツダム宣言の基礎になっていることからカイロ宣言とする見解もありますが、当事国である台湾は参加した首脳が署名しておらず、公式文書としての発行日付や番号も付与されていないため単なる声明文としています。
合意事項としては「3大国は陸海空路から敵国に仮借なき弾圧を加える決意を表明した。その弾圧はすでに増大しつつある」「3大国は日本国の侵略を制止し、罰するために戦争を為しつつある。この同盟国は自己の利益を追求せず、領土への野心も有さない」「この同盟国の目的は1914年の第1次世界大戦以降に日本国が奪取、占領した太平洋の一切の島を剥奪し、満州・台湾・澎湖島などの日本国が清国から盗み取った一切の地域を中華民国に返還させることにある」「日本国が暴力と貪欲によって略取した他の一切の地域から駆逐し、朝鮮人の奴隷状態に留意して自由に独立させることを決意する」の4項目です。
この合意事項と読み比べるべきは日本=東條英機内閣がアメリカ側からの最後通牒と受け取って対米戦争を決定したハル・ノートです。
ハル・ノートはアメリカのルーズベルト政権のコーデル・ハル国務長官が野村吉三郎駐米大使との外交交渉の中で提示・妥結した日米諒解案の覚書で「日米両国は互いが太平洋の強国であることを承認し、共同の努力によって太平洋の平和を樹立し、友好的諒解を達成する」「欧州戦争に対しては日本の3国同盟を欧州における戦争の拡大を阻止することを目的として、軍事上の義務はドイツが現時点で交戦状態にない国からの攻撃を受けた場合に限定することを声明する。アメリカは自国の福祉と安全のみに専念する」「日中戦争については日本が中国の独立を尊重し、日中間の協定により『日本軍が中国から撤退』し、中国の領土の併合を断念し、賠償請求権を相互に放棄し、中国の門戸開放方針を復活させ、蒋介石と王兆銘両政権を合流させ、中国への日本人の大規模移民を自制し、米中が満州国を承認するとの条件を日本側が承諾した時にアメリカ大統領が蒋介石総統に和平を勧告する」「太平洋平和維持のため相互に脅威となる海空戦力を配備せず、日本はアメリカの希望により船舶を太平洋航路に就役させる。会談妥結後、両国は艦隊を相互派遣して平和を祝賀する」「両国間の通商確保、日米通商航海条約の復活」「日本の南西太平洋における発展は武力に訴えず、平和的に行われるとの保障の下、アメリカは資源開発に協力する」「太平洋の政治的安定のため日米両国は欧州諸国の進出を容認せず、両国はフィリピンの独立を保障し、日本人移民は他国民と同等無差別の処遇を受ける」の7項目でした。
どう考えてもハル・ノートを受け入れた方が国益に適ったのですが、東條英機大将が総理大臣では「中国からの撤退」の1節だけで交渉決裂するしかなかったのでしょう。
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  1. 2019/11/30(土) 12:42:44|
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