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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1751

香川地方協力本部長に着任したモリヤ佳織1佐は精力的に超過密スケジュールを消化しているが、灰皿で吸殻が炎上するような場面も生起している。
夏休み中には広報官が勧誘した高校生に駐屯地などを見学させて自衛隊を志望する気持ちを固めさせなければならないが、四国の航空自衛隊は高知県土佐清水市に太平洋沖の訓練空域を監視するレーダー部隊しか存在しない。それも本格的な固定レーダー・サイトではなく移動警戒隊が交代で展開しているに過ぎず、早い話が四国出身者の配置先を作るための常設展開地なのだ。これではワザワザ高知まで出かけて見学させるだけの意味がない。
着任早々に開かれた8月の業務予定の会議の席でモリヤ1佐は陸の志望者の見学先は善通寺、海と空が徳島の海自航空基地になっていることを指摘した。
「これまでは空自希望者も海自の徳島航空基地を見学させて納得させています」「空自の広報官を同行させて海自との違いについても説明させていますから問題はありません」幹部たちは初めて迎えたWACの本部長の取り扱いに困って協同戦線を張っているようだ。
「尾道・今治ルートが開通した時には岩国基地に行って海兵隊の戦闘機を見学させたこともありましたが経費がかかり過ぎる上、日程にも無理があるので取り止めました」それでも納得しないモリヤ1佐に幹部たちは自分たちの工夫と努力を説明したが自己弁護に聞こえてしまう。おそらくこの問題は高知県を含めた四国各県の地方協力本部も頭を悩ませ、知恵を絞っているはずだが予算や日程の確保と保護者の許可、さらに高校の承諾などの問題が複雑に絡んで地方の自衛隊的な固定観念から踏み出せないのだろう。モリヤ1佐は幹部たちの顔を見回した後、水色の制服を着た空自の幹部に向かって質問した。
「空自の輸送機を高松空港に呼んで1泊2日で航空基地を見学させられないの」「今年度は空自の輸空に業務支援要望を上げていませんから飛び込みは難しいでしょう。それには国土交通省や香川県の許可を得なければなりませんが、公務員労組の反対が予想されるので難色を示すと思われます」空自の幹部の説明に他の幹部たちも応援するように顎を揃えてうなずいた。するとモリヤ1佐は腕を左右に張って胸を反らして大きく息を吸ってから口を開いた。それにしてもWACの幹部としては間違いなく美人のモリヤ1佐に半袖の3種夏服で胸を反らされると美乳の膨らみが露わになって視線のやりどころに困ってしまう。
「貴方は制服を着間違えていないの。その思考は動脈硬化の陸自式であって勇猛果敢な空自ではないわ。我々が考えなければならないのは空自志望の高校生が安心して受験できるような情報を提供することであって類似品でお茶を濁すことじゃあないのよ。空自の輸送機パイロットだって新たな空港で離発着する経験を求めるはずだわ。国土交通省や県には災害派遣のためと説明しなさい。拒否すれば県民に自衛隊の災害時の救援飛行訓練を拒否したとリークすることね。ウチにはマスコミ並みの広報能力があるんじゃない」幹部たちはモリヤ1佐の父がアメリカ空軍の輸送機パイロットであり、夫が元空自であることまでは知らない。ただ、これまで圧倒的多数派の陸自の論理で行動することを強いられてきた空自の幹部が一番唖然としていた。
「それにしても善通寺駐屯地が乃木希典との関係を誇りにしているからって香川地本まで第3軍司令部に倣って思考停止になっては困るわ」会議が終わって陸曹のWACがコーヒーを運んでくると雑談の冒頭にモリヤ1佐の精神訓話が始まった。幹部たちも情報としてはモリヤ1佐のスーパー・エリーとしての経歴は知っているが、実像はそれを遥かに超えていた。幹部たちはコーヒーを一口すすると皿に戻してモリヤ1佐を注視した。
「私は身内に戦史研究の権威がいるから『坂の上の雲』を完全には信じていないけど、先ほどの説明を聞く限り旅順攻城戦の第3軍司令部と大差ないわね」一般の自衛官にとって巨匠・司馬遼太郎の歴史小説は戦史を学ぶ教科書であるだけでなく、自衛官としての生き方を示す聖典のように思われている。それをモリヤ1佐は「完全には信じていない」と明言した。これを聞き逃す訳にはいかない。幹部の中には会議用のノートに記述する準備をする者もいた。
「本部長は『坂の上の雲』を認めていないんですか」「あれはあくまでも小説であって史実ではないわ。あの小説では伊地知幸介参謀長を無能だったように描いているけど実際は満州軍主力の仁川への無血上陸を成功させた大功労者なのよ。一方、秋山好古大将は日本陸軍の騎兵を育成したことになっているけど実際は日本軍に騎兵戦術は根づかなかった。陸自でも戦車部隊は自走対戦車砲であってドイツやロシアのような縦深突破戦術は実施できてないでしょう」総務部長の質問にモリヤ1佐は理路整然と説明したが幹部たちは「四国人の誇り」に捉われた。
「本部長、今度の講話ではその話をされるんですか」「四国で司馬作品の批判はまずいですよ」ここまで言われても幹部たちには真意が理解できないようだ。やはり田舎者の気質らしい。
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  1. 2019/12/01(日) 12:32:54|
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