FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

昭和の終焉・中曽根康弘首相の逝去の悲報に瞑目する。

11月19日に戦後では唯一存命中に大勲位菊花大綬章を受章された中曽根康弘首相が101歳の老衰で亡くなったそうです。この悲報に野僧は「昭和の終焉」を実感しています。
野僧は戦後の首相では吉田茂首相、岸信介首相と共に名宰相と評価していますが、中曽根首相の逝去によって昭和の総理大臣の生存者はいなくなりました。その点、1977(昭和52)年から81(昭和56)年に在任したアメリカのジミー・カーター大統領は95歳の今も狩猟に出て怪我をしていますから呆れます(妻も92歳で健在)。
中曽根首相は野僧が大学を中退して航空自衛隊に入隊した昭和57(1982)年の11月27日に就任されたため前任の鈴木善幸首相を見て「このような愚物を最高指揮官と仰ぐ組織に入ったこと」を後悔していた気分が一新され、士気が爆発的に高揚しました。
沖縄に赴任してすぐに訪米してドナルド・レーガン大統領との会談に臨んだニュース映像を見てアメリカ人と変わらぬ長身(イギリスのマーガレット・サッチャー首相よりも長身だった)と元俳優と並んでも遜色がない顔立ち、何よりも通訳を介さずに談笑していることに感激して完全に心酔してしまいました。特にワシントンでの「不沈空母」発言は沖縄の地元2大紙は言うまでもなく本土の大手新聞も徹底的に批判していましたが、一緒に飲んでいたアメリカ兵たちは「本国でも日米安保条約はアメリカだけに防衛義務を課した片務条約だと言う批判があったが、日本がアジア・太平洋防衛の拠点であることが判った」と言って戦友の契りを交わしましたから、極めて適切な見解の披露だったことが判ります。それにしても中曽根首相の相手がレーガン大統領だったから日米の同盟は強固で密接になったのであって小泉純一郎首相が2代目ブッシュ大統領に深入りしたのはかえって危険をもたらし、おそらく安倍晋三首相の西洋花札(トランプ)大統領も同様でしょう(中曽根首相はアメリカからのペルシャ湾への海上自衛隊の派遣要請に対して「公海上であれば可能だが、今回は実施しない」と拒否しました)。
ところが本土の大手新聞とテレビでは現在の安倍政権と同様に粗探しとこじつけとしか言いようがない批判報道を連日のように繰り広げたため昭和58(1983)年の衆議院選挙では過半数割れの窮地に陥りましたが、テレビへの出演によって本意・真情を直接訴えた結果、マスコミの悪意に満ちた偏向報道に気がついた国民の信頼を奪い返し、国鉄と電電公社、専売公社の民営化を含む行政改革を実現してこれまでの首相では想いも及ばぬ政治手腕を発揮されました。中でも国鉄は亡日労組・国労の巣窟であり、民営化して公務員に準じた身分保障を奪い取ることで社会から抹殺する絶大な成果をもたらしました。その点が小泉首相個人の思いつきに執着した郵政民営化とは違うところです。
野僧は幹部学校に入校中、中曽根首相が在任中に160回坐禅を組みに通った東京・谷中の全生庵の坐禅会に参禅したことがありますが、ひたすら「ボー」とするだけの曹洞宗とは違い、背筋に鉄の杭を打ち込まれたような感覚を体得しました。見事な茶道の手前と言い、やはり日本の美学を体現した昭和の政治家だったのでしょう。
小庵では日曜日の晩課で防衛任務殉職者の慰霊法要を務めているので元防衛庁長官(陸海空の帽章を現行に。陸上自衛隊の制服を以前の灰茶色に変更した)として中曽根首相の名前も詠み込ませていただきました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。瞑目。
スポンサーサイト



  1. 2019/12/02(月) 12:22:57|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1753 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1752>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5796-60318b95
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)