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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1757

「明日は高裁で審理があるから不在になるよ」イージス艦と漁船の衝突事故の裁判が2審に持ち込まれたため不定期に開かれる公判では千代田区霞が関にある東京高等裁判所に終日拘束される。そのため隊員の勤務状況の記録を担当している二村事務官に断っておいた。
「交際の心理って誰とデートするんですか。わかった不倫ですね」始めの頃はこのような的外れな発言も「天然ボケ」と苦笑していたが、同じような言葉の説明を繰り返していると新たな職場で必要とする専門用語を覚える意欲が欠落していることを思い知らされて虚しくなってくる。私は腹に空気を貯めるとこの万年素人の同僚に判るように言い直した。
「明日は高等裁判所で裁判の質疑応答があるからこちらには顔を出さないんだ」「それなら始めからそう言って下さい。二度手間になるでしょう」最近は二村事務官と話していると胸の中に「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と昭和の陛下の玉音放送の一節が流れ始める。才色兼備の岡田事務官の後任がこの馬鹿、「元へ」この人物では落差が大き過ぎて業務が停滞せざるを得ない。ただ職業としての公務員の人気が極端に低下したバブル期に採用された職員は防衛省や自衛官に限らずを資質が劣悪なのは明らかで今後、重責を担う管理職に配置しなければならなくなると国家的危機に堕ちいる可能性が高い。二村事務官はその予告なのかも知れない。
「モリヤ先生、最近は気疲れしているようですが、やはり奥さんが四国に行ってしまうと寂しいですか」午前中の審理が終わり、高等裁判所内の食堂で昼食を取っていると牧野弁護士が訊いてきた。2審の検察は相変らず1審の事実認定に対する疑問点を裁判所の機嫌を損なわないよう遠回しに指摘するばかりで、海難審判の嫌疑捏造を隠蔽するために控訴したことの弁解に終始している。こちらとしては判事と検事が法務省の国家公務員同士で結託することを警戒しながら細心の注意を払って拝聴しているが、気疲れしているのはそれが理由ではない。
「僕なんか女房が長期出張すると思いっきり羽を伸ばしますがね」ただし、滝沢弁護士の妻は民事訴訟を専門にする同業者なので「羽を伸ばす」と言っても精神的苦痛を与えて慰謝料を請求されるような一線は踏み越えられないはずだ。
「お2人の弁護士事務所の職員はいつ頃に採用しましたか」回答に替えた唐突な質問に2人は口にトンカツをくわえたまま止まってしまった。私は相変らず揚げ出し豆腐と納豆の精進料理だが(揚げ出し豆腐には削り節がかかっているので完全な精進料理ではない)、2人はカツ丼で気合いと体力を腹に詰め込んでいる。
「ウチは10年ちょっとぐらいですよ。モリヤ先生が奥さんと娘さんと一緒に来た時のままです」先にトンカツを噛み切った牧野弁護士が答えた。都下(東京都でも13区外の地域)にある牧野弁護士事務所には私自身の刑事裁判で無罪判決を受けた時に司法試験の講師料の名目で謝礼金を届けに行った。その時に対応した女性職員の顔を思い出した。
「ウチは女房がスカウトしてきましたからどうなっているのか判りません。顔を見ないので『辞めたなら次を探さないと』って思っていたら長期休暇、短期休職なんてこともあります」どうやら滝沢事務所の方が我が法務官事務室に近いようだ。私は駐屯地の食堂とは違い小鉢に移して刻み葱がかけてある納豆に出汁醤油と練り辛子を加えてかき混ぜ始めた(この出汁醤油も椎茸や昆布出汁でなければ精進料理にはならない)。
「22回かき混ぜるんですよ」「その女性職員は何歳ですか」テレビの請け売りを口にした滝沢弁護士に私は今回も唐突に返事の代わりに質問した。
「はァ、40歳を過ぎた頃ですが、人妻の子持ちですから拙いですよ」2人もまさか私が拙いことをする能力を失っているとは思っていない。
「と言うことはバブル入社世代ですね。使い物になりますか」私は30回以上かき混ぜて白く泡立った納豆をご飯にかけながら本題に入った。この質問をしただけで滝沢弁護士事務所の女性職員も眼鏡の奥に陰険そうな目があり、貧乳の細身でも下半身デブでバブル期に流行した服が似合わない誰かのようなタイプに思えてきた。
「ウチの個人事務所はバブルの最盛期に始めましたから女房がスカウトしてきた人をだましだまし使っています。それでも最近は女房の請け売りで生半可な法律知識を振り回すプチ弁護士になってきて本音では持て余していますよ」確かに権利を主張されるのは困りものだが、私としては生半可な法律知識を振り回すだけでも羨ましくなる。
「ウチはバブルが弾けたところで交換しました。やはりあの時代に大手企業に採用されなかったような若者は教育することが徒労に終わりますから時間の無駄です」牧野弁護士事務所の女性職員は佳織と同世代だったような気がする。おそらく子供が手を離れた経験者を運よく引き当てたのではないか。国家公務員法の身分保障を除外する方法を思案したくなってきた。
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  1. 2019/12/07(土) 11:52:54|
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