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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

日本人は現実を直視せよ!中村哲医師の逝去を悼む。

12月4日に35年間の長きにわたって戦下のアフガニスタンで医療活動だけでなく井戸の掘削による衛生的な水の供給や農業用水の建設により戦争と干ばつで農民が離散し、荒れ果てた土地を農地として再生させる事業に取り組んでいた中村哲医師が東部ナンガルハル州ジャララバード市から25キロ離れた現場に向かう途中で武装した集団に襲撃されて射殺されました。73歳でした。
中村さんの自宅は福岡県内にあるため全国放送だけでなく地域の番組でもその活動を知ることが多く(むしろ詳細に紹介していた)、野僧も同じ南アジアのスリランカを祖国とする者としてその志に共鳴していただけに誠に残念です。ただし、野僧はスリランカ政府軍への義勇軍人としてインドで軍事訓練を受け、武器を供与されて北部占領地域の村落の婦女子を人質として男性をゲリラに加え、閣僚の暗殺と国宝寺院などの史跡や重要施設の爆破を含むテロを繰り返していた佛敵の反政府ゲリラ=タミル・イラームの虎との戦闘への参戦でしたから志は同じ地域の平和の実現でも手段は真逆でした。
怒りを覚えたのは中村医師の死を報じるマスコミが「そこの住んでいる人たちと良い信頼関係があること、これが武器よりも何よりも一番大切なことじゃあないか」との生前の発言を前面に押し出して自分たちの政治的主張に利用していたことです。中村医師は危険については十分に認識しており、移動時は前後を武装した警備員を乗せた車両が挟むように走行しており、経路も毎日変更していたのですが、それでも襲撃を回避・阻止することはできなかったのです。逆に言えば反戦平和を声高に主張する政治屋や言論人たちがテレビや新聞、学校や講演会で滔々と熱弁を揮う「相手のことを真摯に考え、誠実に尽くせば信頼関係が築かれ、戦争はなくなる」と言う理想を体現していた中村医師でも何らかの理由で敵視する側から見れば攻撃の対象となる現実を直視しなければならないはずです。
野僧は高校3年だった1979年12月25日に発生したソ連によるアフガニスタン侵攻以来、この国には強い関心を寄せており、パキスタン人の友人を通じて日本版プラウダとタス通信日本支社であったマスコミが報じない現地情報を入手していましたが、今回もマスコミが疑いの目を向けているタリバーンはソ連の侵攻によって混乱の極致にあった社会をイスラム教の戒律によって収集した原理組織であって敬虔なイスラム教徒であるアフガニスタン国民からはロシア正教徒も含まれる北部部族による政権よりも信頼されており、アメリカ軍が撤退して以降は勢力を回復していると言います。むしろシリアから追われて侵入してきたISの残党が現地の危険を高めているようです。
追い詰められたISの感覚で言えば日本の幕末の尊皇攘夷の暴徒たちが日本在住の外国人と言うだけで「国土を怪我した夷狄(いてき)」として殺害の対象にしたようにアフガニスタン国内で活動する非イスラム教徒であれば殺害理由は十分であり、それが国民に信頼され、尊敬を受け、アメリカの傀儡政権から賞賛されていれば格好の標的になっても不思議はありません。心からご冥福を祈ります。
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  1. 2019/12/08(日) 14:22:12|
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