FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1759

沖縄の玉城美恵子は柄にもなく勉学に励む毎日を送っている。美恵子の高校受験は担任に勧められた商業高校に入ったので特に勉強はしておらず、理容師の国家試験の学科は専門学校で模擬試験を繰り返していたから実技の練習の方に力を入れていた。今回は何故か支援の手を差し伸べてくれた台湾陸軍の王茂雄中校が送金にしてくれる学資で那覇市内の広東語が専門の中国語教室に通っている。それだけでなく「香港に店を持たせてくれる」と言う餌を目の前にぶら下げられているので全力疾走=猪突猛進するのは当然だった。
「メイファイスー(美恵子)、随分と急速な進歩だね」この日の授業を終えて中国語教室の台湾人の教師が広東語で誉めてくれた。
「シェシェラ、ラオシ(ありがとう、先生)」それにも自然に広東語で礼を言った。美恵子は暫緩刑(執行猶予)を受けて台北の拘置所で掃除や洗濯などの雑役婦として働いている間は会話を拒否していたが管理者の指示を受けるのは広東語であり、散髪をしている時に日本語が判らない収監者に話しかけられれば雰囲気で返事くらいはしていた。どれほど学習意欲が欠落した人間でも広東語だけの社会で3年以上も暮らしていれば基礎くらいは身につくはずだ。
「ここまで台湾語が上達すれば実習として我々が利用している理髪店を紹介したいんだが、無届け営業だからね」教師は台湾人だけの秘密漏洩を誤魔化すように肩をすくめて笑った。台湾には理容師の国家資格はなく理髪店の開業も他の商店と大差はないが、日本では従業員が理容師の資格を有していることは言うまでもなく、従業員が2名以上であれば1名には管理理容師の資格が必要になる。さらに作業面積や照明などが各自治体の条例で定められており、保健所に申請して許可を受けなければならない。したがって外国人が日本で開業するには煩雑な手続きが立ちはだかっているため経験者が無届けで営業せざるを得ないのだ。
「私は台湾の理容には興味があるんです。あの座ったまま髪を泡で色々な形にしながらソフトクリームみたいにまとめるシャンプーは私もやってもらいましたけど、鏡で見ていても楽しくて気持ち好かった。それから日本のスポーツ刈りを山本56頭って言うんですね。拘置所から刑務所に移送される人は坊主刈りにするけど、その時、『せめて山本頭にしてくれ』って頼まれました」台湾の山本56頭は言うまでもなく日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官が提督になった頃の髪型だが、若い頃は7・3分けにしていたことは知られていないようだ。
「理容師の腕が落ちないための訓練として無料で手伝いますよ」「それは嬉しい。シェシェ、メイファイスー(ありがとう、美恵子)」2人は笑顔で手を握り合ったが、美恵子は自分が店主になれば正式な理容点として申請できることに気づいておらず、教師も台北駐日経済文化代表処の粘進士那覇支処長からこの生徒を紹介された時に「使い道」を説明されているのであえて何も言わなかった。それでも美恵子の耳には大都会に自分の店を持つ夢が駈け足で近づくる足音が聞えてきた。しかし、そこで振り返るほど初心(うぶ)ではなくなっている。
「メイファイスー、今日は御機嫌だね」夕方から南城市に向かうバスの最終便に間に合う時間まで美恵子は那覇市内の台湾人が経営する中華料理店で語学実習を兼ねた仕事に励んでいた。台湾の家庭料理を出すこの店には沖縄在住の台湾人だけでなく共産党中国人も来店している。
「久しぶりに理容師の仕事ができるんだよ」美恵子は教師から口止めされていることを忘れて無届け営業での仕事を自白してしまった。帰国してからは松泉伯父の髭を剃る以外は理容師らしい仕事はやっておらず、かなり欲求不満が鬱積していたようだ。
「メイファイスーは理髪師なんだね。どこの店、俺も行くよ」同世代の客は人懐こい笑顔になると応援するように声を掛けた。こうなると理容師としての血が騒ぎ出すのが美恵子の病癖だ。
「場所は・・・」「メイファイスー、早く注文を取れ」美恵子が台湾人の経験者が借りたビルの1部屋に中古のバーバー・チェアー(理容店の椅子)や鏡を設置して営業している無届けの店の場所を説明しようとすると厨房から店主が声をかけた。その怒声を聞いて客は顔を強張らせ、美恵子は注文を受けて厨房に行った。すると店主が顎で招き寄せた。
「あの客は共産党中国人だ。迂闊なことを話すんじゃあない。お前は我が民国の人間として雇われていることを忘れるな」店主の目は日頃の調理人ではなく軍人のように厳しくなっている。台湾には徴兵制があり(2019年まで)、一般人も軍隊生活を経験している。漁業組合の組合長だった松泉叔父の目が現職自衛官の前夫・矢田3曹以上の殺気を発することがあるように意識の根底に軍人精神が植えつけられているのかも知れない。
「そうでした。内緒の話でした。ンホウイーシ―(ごめんなさい)」ここまでの会話は広東語だった。北京語で「すみません」は「ドゥイブゥジ」になる。広東語と北京語にはイギリスとアメリカの英語に似た違いがあり、日本人にとってはどちらも前者の方が親しみやすい。
スポンサーサイト



  1. 2019/12/09(月) 12:59:31|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<12月10日・笹山幸俊神戸市長が餓鬼道に堕ちた。 | ホーム | 日本人は現実を直視せよ!中村哲医師の逝去を悼む。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5810-1f59ffa9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)