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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1764

葬儀が終わり、出棺になるとモンチュウたちは葬儀社のマイクロバスで火葬場に移動したが、淳之介はあかりと恵祥を松栄の家に連れていった。火葬後の納骨と松泉の屋敷で開かれる宴席に参加するつもりなのだ。恵祥は葬儀の間は大人しくしていたが玄関の混雑に驚いてぐずり始め、坂道を登りる時には淳之介の腕で泣き叫んでいた。
「お腹が空いたんだね。もう少しだから待っていてね。お家に着いたらおっぱいを上げるから」あかりは手を差し入れている淳之介の腕で泣きやまない恵祥に声を掛けた。どうやら気持ちを感じ取ったらしい。葬儀の間、恵祥は眠っていたから空腹になっても不思議はない。淳之介が恵祥の顔に息を吹きかけてあやしながら歩を進めると間もなく家に着いた。
母乳をもらって腹が膨らんだ恵祥が眠るとあかりも添い寝したまま眠ってしまった。恵祥だけでなくあかり自身も疲れたのだろう。授乳の前に普段着に替えているのでこのままで問題はない。淳之介が居間に並べた座布団で横になっている母子の寝顔を眺めていると玄関に置いてある固定式の電話が鳴った。その音であかりが目を覚ました。
「もしもし、玉城ですが」淳之介にとってこの姓はかつて名乗っていたので違和感はない。するとそれは松泉の屋敷で宴席の準備に働いている祖母からだった。
「葬儀社の人がお前を火葬場に連れて行ってくれるって。今から引き揚げるから坂道を下りていらっしゃい」どうやら祖母が頼んでくれたらしい。淳之介としても伯父の遺骨を拾いたい気持ちはある。しかし、あかりを慣れない家に1人で残していくことに不安もあった。
「火葬場に行けるんでしょう。私はこの家は初めてじゃあないから大丈夫。安心して行って下さい」居間に戻ると起きて座っているあかりが声を掛けてきた。言われてみれば交際を始めた高校生の頃、あかりを何度かこの家に呼んだことがあった。あの時、あかりは台所に立って祖母の調理を手伝っていた。見回した限り、家の中が変わった様子はない。淳之介は持ってきた荷物をあかりに触れさせて確認させると祖母の指示通りに家を出て坂道を下って行った。
あかりが恵祥の枕元に座って寝息を聞いていると、誰かが玄関を開けて入ってきて靴を脱ぎ、廊下を歩いてくる足音が聞えた。音の大きさと間隔から想像すると中年の女性のようだ。
「アンタ、誰ねェ」その音の主は乱暴に襖を開けると一瞬の間を置いて怒鳴り声を上げた。あかりは声がした方向に顔を向けると目を閉じたまま頭を下げた。
「私は安里あかりと申しましてこの家の孫の淳之介の妻です。今、男の人たちは火葬に、女の人たちは大伯父さんの家の支度に行っているので・・・」「アンタが淳之介を引っ掛けた盲(めくら)の嫁ねェ。アンタが来たって何も役に立たないのに淳之介も余計なことをするよ」あかりの説明に声の主は名乗りの代わりに罵倒した。それでもあかりにはこの人物が初めて会う淳之介の生母・美恵子であることが推察できた。この美恵子が母と義父の結婚を妨げた元凶であり、淳之介にとっても嫌悪の対象であることは当事者以外の人たちから聞いている。その一方で淳之介を産んだ母でもあり、恵祥にもその血は受け継がれている。返す言葉が浮かばなくなったあかりはそのままの姿勢で唇を噛んでいた。
「これがアンタたちの子供だね。この子はチャンと目が見えるねェ」足音がすぐ傍にまで近づいてきたため、あかりが恵祥を庇おうとすると美恵子は立ったまま上から声を掛けてきた。
「私の視覚障害は早産によるものですから遺伝はしません」「それならまともに生きていけるさァ。早産なんてアンタもだらしない母親から生まれたんだね」どこまでも相手を無神経に傷つける人間らしい。流石のあかりも胸に小さく怒りの炎が点り、その背後に大火炎が燃え上がった。あかりは光景として火炎を見たことはないが、熱い輝きが湧き起こるように激しく立ち上っている。その大火炎の奥に広がる漆黒の闇から地の底で響くような声が聞こえてきた。
「玉城美恵子を地獄に堕とす」「そんな・・・」あかりは恐怖よりも畏怖に慄き、全身を硬直させ、額には汗が噴き出ている。それでも美恵子は白濁した目を見開いて前方を注視し始めたあかりを冷ややかに眺めている。
「それはあんまりです。許してあげて下さい」「玉城美恵子の母の父親は戦後間もない頃、空腹に苦しむ家族に食べさせるため海岸に上がってきた海亀を殺した。それは産卵前だった。産卵後の海亀を食べることは許されても産卵前の母亀を殺すことは許されない。その報いとして美恵子が生まれたんだ。しかし、美恵子は罪を償うこともなくさらに大きな罪を重ねてきた。善き道へ教え導こうとした夫を裏切り、モンチュウの長・松泉の想いさえも踏み躙った」これは淳之介が父譲りの佛教説話で語っていた閻魔大王の声のようだ。
「アンタ、何を独り芝居しているのさァ。頭もおかしいねェ」そこに美恵子が声を掛けてきた。この言葉を聞いてあかりはこの過酷な裁定に納得せざるを得なくなった。
閻魔王庁図(聖衆来迎寺)聖衆来迎寺・閻魔王庁図(部分)
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  1. 2019/12/14(土) 13:00:17|
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