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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1765

義母の勝子が葬儀社から届いた仕出し弁当を持って家に戻るとあかりが打ちひしがれたような顔で居間に座っていた。恵祥は眠ったままだ。
「疲れが取れんねェ。アンタも昼寝すれば良いさァ」勝子が声をかけるとあかりは安堵した表情になり、ゆっくり首を振った。あかりの暗い表情に勝子も心配になって前に座った。
「先ほどお義母さんが帰って来られました」「美恵子が何か言ったんねェ。自分の孫と初めて対面しても喜びもしなかったんだね」勝子としては美恵子の非常識もこの辺りまでにしてもらいたいところだ。するとあかりは事実を告白するべきか悩んだように唇を噛んだ。
「私もあの子の親として事実を知りたいのさァ。正直に言って頂戴」「はい、判りました」勝子に促されてあかりは深めに息を吸ってから口を開いた。
「お義母さんから『恵祥の目が見えるか』と訊かれたので、『見える』と答えたら安心してくれました」これは嘘ではないが事実からは大きくかけ離れている。美恵子は恵祥が健常者であることに絡めてあかりと母である梢を口汚く冒涜したのだ。
「あの子がそんな親心を持っていないことは私も良く知っているから正直に言いなさい」「はい、目が見えるならまともに生きていけるって・・・私が早産だったのは母がだらしないからだって」あかりの顔は怒りではなく哀しみの色に染まっていった。むしろ勝子の方が怒っている。ところが続きはその怒りの炎を燃えたまま凍結させた。
「その時、私は閻魔大王の声を聞いたんです」勝子も淳之介からあかりがユタやノロのように天地の精霊や死者の魂魄と会話できることは聞いている。閻魔大王も子供の頃に祖母が古びた絵本を見せながら戒めの説話として語っていたので知っている。勝子も座り直した。
「閻魔大王がお義母さんを地獄へ堕とすって言ったんです」「地獄へ・・・」勝子は美恵子が松泉を「戦争で人を殺した罪で地獄に堕ちる」と誹謗した時、逆に「お前を地獄に堕とす」と宣告されたのを聞いている。あかりは松泉の声を聞いたのではないか。ならばモンチュウの長としての叱責かも知れない。そう考えた時、あかりは恐るべき続きを話し始めた。
「戦争が終わった頃、お祖母さんのお父さんは飢えに苦しむ家族のために卵を産む前の海亀を殺したそうですね」「どうしてそれを・・・」勝子は返事ができなかった。那覇市内で商店を営んでいた勝子の両親は戦火で店を失い、収容所から解放されても商売を再開することができず、海岸で魚を釣って売り歩き、飢えをしのいでいた。そんなある日、父が海亀の肉と卵を持ち返り、家族に振舞ったことがあった。しかし、この話は夫の松栄にさえしたことはない。
「お義母さんはその罪を償わなければならないのにモリヤのお義父さんを裏切り、モンチュウの松泉さんの気持ちを踏み躙った。だから地獄へ堕とすって言うんです」勝子は正座している膝の上で拳を握った。今日はこの拳で美恵子を打ちのめさなければならない。
「その話を美恵子にしたんねェ」「お義母さんは私たちと松真叔父さんが泊まるなら那覇市内のホテルに行くって出かけました」美恵子は今日は中国語教室がないにも関わらずモンチュウの長である伯父の葬儀に参列せず、久しぶりに息子に会い、初めて孫に会っても全く関心を示さない。勝子の頭の中では祖母の絵本の地獄絵図に描かれていた悶え苦しむ亡者と今の美恵子が重なっていた。あの絵本も戦災で焼失してしまった。
「あッ、私は宴席の支度の途中で抜けてきたんだった。あかりはこの弁当を昼ごはんに食べなさい。ペットボトルのお茶もついているから飲むのよ」その時、現実が勝子を救ってくれた。本土と同じく沖縄にも7日ごと49日までのナンカスークゥ―(=七日焼香)と言う風習があるが、遺族の哀しみがつのる頃に人が集まる法事を課して気を紛らすのだ。
「淳之介、地獄に堕ちるような罪深い人間が救われるにはどうしたら良いのかね」火葬を終え、遺骨を丘の下の亀甲墓に納めた後、モンチュウたちは松岳が家主になった屋敷での宴席に臨んでいる。勝子は娘の日出子や夕紀子と一緒に黒いエプロンをして給仕と酌に忙しく働き回っているが、通りがかったところで淳之介の前に正座した。すると淳之介も合わせた。
「そりゃあ念佛だろう。職場の門徒の連中はどんな極悪人でも南無阿弥陀佛と唱えれば帳消しだって言い切ってるよ」隣席から松真が口を挟んだ。しかし、勝子は孫としてではなく坊主の息子として淳之介に尋ねたのだ。松真を手で制して淳之介の答えを促した。
「父は本願寺の浄土真宗の教えは間違っているって断言しています。阿弥陀如来は真摯な反省の上で救いを求める者は救って下さっても口先だけの念佛は罪を深めるだけだそうです。でも・・・」ここで淳之介はグラスの泡盛の水割りで口を湿らせた。
「地蔵菩薩なら罪人を哀れんだ他人の願いでも耳を貸して下さるから何とかしてくれるかも知れません」「お地蔵さんかァ・・・」考え込んだ勝子を松真と淳之介は困惑して見ていた。
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  1. 2019/12/15(日) 12:31:19|
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