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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1768

「率直に言って僕は生徒出身者を評価していません」唐突に松山3佐が陸上自衛隊内部事情に対する個人的見解を吐露した。先任陸曹が小声で「中隊長」と声をかけたが無視された。
「生徒出身者は全寮制の高校の部活動状態で鍛えられていますから訓練面や生活上の要領だけは熟練していても標準的な生活を送ってきた人間の心理を理解していないので内務面では使い物にならないと思っています。そんな歪んだ人間が陸将と言う地位と方面総監と言う権力を手にしてしまった結果が今回の不当人事なんです。私も本来は陸将になれる能力を有していますが、組織の常識に合わないため異端者として排除されています」松山3佐が初めて披露する自己評価に森田3佐と森田曹侯補士は納得したが、先任陸曹は首を傾げ、母は困惑して父子の顔を見回した。母も夫と同じ階級の幹部自衛官が「不当人事」と明言したことでこの問題の根深さを認識し、2人の顔を見てそれを了承した。
話に区切りがついたところで松山3佐は表情を緩め、話題を変えた。ただし、それは触れてはならない逆鱗を掴んで剥がすような暴挙だった。
「それにしても森田士長は素晴らしい恋人、もう嫁さんと呼んだ方が良いのかな。最高の人生の伴侶を見つけましたね」松山3佐は初めて会った照子の顔を見ながら手放しに賞賛した。松山3佐の人間性を熟知している森田曹侯補士は「我が意を得たり」とうなずいたが、父は困惑し、母は怒りはしなかったものの不満そうに松山3佐を注視した。
「照子さんは旭川では有名なアイドルなんですよ。ただし、個人情報は非公開なので先任の前では言えません」松山3佐の説明は森田夫婦と先任陸曹を翻弄していく。少なくとも母は興味を持って息子の身体越しに照子の顔を見た。
「お母さんとしては息子の結婚相手が10歳も年上で離婚歴があるとなれば理屈の前に拒絶反応を示されるのは至極当然です。私の嫁は若くて美人なのでお母さんの気持ちも判ります。会ってみますか」話の展開は森田曹侯補士以外の者には予測不能になった。先任陸曹は森田曹侯補士以上に身近で接しているのだが、長年の陸上自衛隊の常識を通してでしか人物評価ができないので本質が見えないらしい。松山3佐は立ち上がると机の電話をかけた。
「4中隊長ですが、松山2曹をお願いします・・・僕だ。チョッと来てくれ。頼むぞ」電話のやり取りを聞きながら森田曹侯補士は両親に松山3佐の妻が駐屯地業務隊の厚生班で勤務しているWACであることを説明した。これは照子には話してある。
「松山2曹、入ります。中隊長、お呼びですか」間もなくドアをノックして松山裕美2曹がやってきた。全力疾走して来たらしく額には少し汗をかいている。それでも呼吸が乱れていないのは流石に極真会館空手の黒帯である。
「こちらが若くて美人の僕の嫁です」松山3佐の紹介に森田夫婦と照子はドアを閉めて基本教練通りに回れ右をした松山2曹を注視した。松山3佐は電話をかけたまま机の椅子に座り、松山2曹に自分の席を譲った。
「でもこうしてツー・ショットで見ると照子さんには負けるかな」「いくら同世代でも旭川のアイドルには敵いませんよ。私が負けないのは体力だけです」松山3佐の謙遜に松山2曹も同調した。それを聞いて森田夫婦と先任陸曹も2人を見比べたが、どちらも魅力的ではあっても女らしさでは照子に軍配が上がる。母の照子を見る視線も柔らかくなったようだ。
「僕の恋女房は業務中なのでこれで返しますが、照子さんの魅力がお判りいただけでしょう」「私は引き立て役に呼ばれんだね。お役に立ちましたか」松山3佐のまとめに松山2曹も突っ込みを入れた。先任陸曹は松山夫婦の会話を見聞したのは初めてで、日頃の気難しいそうな雰囲気とは全く違う軽妙な対話に唖然としたように口を開けていた。
「ところでお父さんは空自の曹学7期出身とのことですが、僕が最初に指導を受けた中隊長も同期なんですよ」「モリヤ曹侯生ですか」「今は2佐です」松山2曹が中座すると話は意外な方向に流れていった。森田曹侯補士もこの話は初耳なので椅子に座っている松山3佐を見た。
「モリヤ中隊長は私以上に変な人で、型にはめるどころか僕が着ている服を脱がして全裸で自由に走り回るのを眺めているような指導をしました。曹侯学生にはそのような型破りな人材が数多く育っているようですね」「中隊長がこうなったのはモリヤ2佐のせいなんですか」松山3佐の説明に何故か先任陸曹が反応した。これでは松山3佐の人間性に問題があるようだが、常識からは逸脱した言動で余計な苦労を掛けられている以上、当然の反応でもある。
「惜しい制度を失くしましたね」「そうでもないですよ。バブルの頃には2年の短期教育で3曹にすることに見合う人材が集まらなくなりましたから」「そう言う謙虚さが生徒とは違うところです」松山3佐は今回の面会で森田3佐にもモリヤ中隊長に似た匂いを聞いたようだ。
え・WACイメージ画像
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  1. 2019/12/18(水) 12:33:00|
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