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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1769

その日、森田一家は名寄市内の観光ホテルに泊まった。面会後、森田一家と照子は松山3佐に案内されて名寄駐屯地を見学したが、航空陸戦隊を育成している森田3佐としては富士の普通科教導連隊と習志野の第1空挺団と共に陸上自衛隊最強と並び称されている第3普通科連隊の装備や訓練風景よりも駐屯地に充満している気迫に感激していた。
「いらっしゃいませ・・・森田さんじゃあないですか」夕食に照子を連れて観光ホテルのレストランに入ると森田曹侯補士は顔見知りの若くて美しい女性に出迎えられた。
「聡美さん、ご苦労さまです」森田曹侯補士が10度の敬礼をすると安川3曹の妻である聡美も踵を引きつけて10度の敬礼を返した。この無骨な動作は可愛らしいレストランの制服には似合わないが美少女の雰囲気が残る聡美は何をやっても絵になる。森田曹侯補士は何度も安川夫婦の官舎へ遊びに行って聡美の手料理に舌鼓を打っていた。聡美も小牧から入隊した森田曹侯補士に同郷のような親近感を抱いていて、稲沢の実家からオリエンタルや寿がきやの商品が届いた時にも安川3曹に声をかけさせて故郷の味を楽しませてくれている。
「謙作、こちらのお嬢さんは」森田曹侯補士が親しげに聡美と話していると森田3佐が確認してきた。隣りで母は妙に期待したような表情になり、照子が心配と嫉妬が入り混じった少し険しい目で見ている。森田3佐は2人の女性の態度を気にしたようだ。
「職場でお世話になっている安川3曹の奥さんの聡美さんだよ」「若くて綺麗な方ね」森田曹侯補士の紹介に母が間髪を入れずに声をかけた。松山3佐が愛妻の松山2曹に引き立て役を演じさせて照子の魅力を認識させたのも聡美の登場で水泡に帰してしまったらしい。
「夫がお世話になっています。御予約の4名さまですね。こちらへどうぞ」このレストランの仕事には熟練している聡美は社交辞令を超えない範囲で立ち話を終えて席に案内した。
「安川さんの奥さんは若くて綺麗な方ね」夕食を終えて照子を名寄駅まで送って旭川に返した後、親子で行きつけの居酒屋に入ると母が同じ台詞を言い直した。今度は父もうなずいたが事実なので仕方ない。聡美は四捨五入すればまだ20歳なのだ。
「安川3曹の高校の後輩なんだ。聡美さんが卒業するのを待って結婚したんだよ」「と言うことは18歳で名寄に嫁入りしたの」「よく親が許したな。両方の親公認の交際だったんだな」この説明に両親の関心は感心に変換したが、今度は事実誤認がある。すると案の定、母が解決したはずの不満を蒸し返した。折角、店員が料理を運んできても食欲は失せてしまう。
「謙作はあんな若いお嫁さんと10歳も年上の妻を見比べられても本当に大丈夫なの。照子さんも魅力的な人なのは認めるけど、つり合いを考えると安川さんの奥さんには敵わないわ」母の言葉はかなり冷静になっているが見解は変わっていない。森田3佐も森田曹侯補士が照子との交際を伝えた時、同じことを訊いたことがあるので黙って回答を待っている。森田曹侯補士は周囲の席に客がいないことを確認してから声を落として話し始めた。
「聡美さんは中学時代に教師の両親のダブル不倫を知って家出したことがあったんだ」思いがけない話に両親は表情を固くして身を乗り出した。これは続きを聞き逃さないためでもある。
「男の家に泊まり歩いて高校ではサセ娘(させご)と呼ばれて男子生徒の玩具にされてたんだよ」この話は安川家で飲んだ時、酔った森田曹侯補士が聡美の若さと美しさを執拗に羨ましがったため本人に告白されたのだ。聡美は「夫(=安川3曹)に救ってもらった」と強調していたが、森田曹侯補士自身は高校時代、言い寄ってくる女生徒を使い捨てにしていたため加害者としての罪の意識を抱き、それが女性に対する態度を変化させて照子との交際につながった。
「そんな過去があるようには全然見えなかったな。元々が真面目で賢い女の子だったんだろう。自分を見失っていた聡美さんを安川3曹が立ち直らせたんだな」父の評価に森田曹侯補士も職場での安川3曹の運動部の主将らしい態度や言動を思い起こして納得した。
「それにしても自衛隊ってどうして結婚にまで使命感を持ち込むの。安川さんは奥さんを守ろうとしたんでしょう。謙作だって照子さんに何かを求めるんじゃあなくて与えることしか考えていない。貴方は親の命令だったわね」母は意外な方向に分析を進めた。森田曹侯補士としては父が自衛官なので母の言う使命感の結婚を当たり前にしているが、一般社会での結婚は別の目的があるのかも知れない。両親の結婚は父が幼馴染の母に手を出して、それが近所に周知されたため母の親が責任を取るように迫った結果だったとは聞いている。しかし、母も結婚したのは父だけのはずなので比較対象は不明だ。
「確かに共同作業で夢を実現するのが世間一般の結婚だとすれば、自衛官の家庭は滅私奉公の意識が強いかも知れないな。それでお前は不幸だったのか」「・・・いいえ、幸せです」頬を赤らめてうなずいた母の顔を見てようやく食欲が湧いてきた。料理は冷めてしまったが。
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  1. 2019/12/19(木) 13:22:25|
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