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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1775

松山3佐は1科長を黙らせたところで立ち上がると廊下に出た。すると向かいの連隊長室のドアの隙間から手が伸びて手招きされた。それが白く細長い指の女性の手であれば怪しい雰囲気だが真逆の節くれ立った小父さんのものだ。状況から言えば連隊長になる。
「失礼します」小声で挨拶してドアを開けるとやはり連隊長だった。松山3佐は廊下に誰もいないことを確認してから入室した。今回はドアを閉める音にまで気を使った。
「まァ、座れ」連隊長は声を落としてソファーを勧めた。どうやらこの面談自体を隠蔽したいらしい。松山3佐も無言で席についた。密談であればコーヒーが運ばれてくるはずがない。連隊長は身を乗り出して顔を近づけると口を開いた。
「いよいよ特命に向けて踏み出すようだな」連隊長の単刀直入な質問に松山3佐は返事はせずにうなずいた。実際は採用面接だった前回の東京への出張は連隊長を通じて伝達されたが、極限された人物だけで進められる特別な任務だけに、1佐に過ぎない連隊長にまで情報が伝わっているとは思えない。松山3佐が言葉を発しないことで連隊長は真意を察したようだ。
「勿論、細部は知らされていないが私もどこかの防衛駐在官にならないとは限らない。噂程度に話を聞いたことがあるよ」連隊長はさらに声を落として内緒話のようにした。松山3佐もこの説明に応じて必要な状況を伝えることにした。
「後は軽率に依願退職した幹部が音信不通、所在不明になります。家族一緒と言うところがパターンから外れていますが」「そうか、君だけではなく奥さんの後任も確保しなければならないんだな」考えてみれば第3普通科連隊長は名寄駐屯地司令も兼務しており、駐屯地業務隊所属の妻・松山裕美2曹の上司でもあった。
「時期としては1科長が副連隊長を使って何か言ってきたのを切っ掛けに、堪忍袋の緒が切れて依願退職したことにします」「君の4中隊での人望から言えば1科長が悪役になることはあるまい。後任が決まるまでは1科長に本部管理中隊長を兼務させて本部管理中隊長を4中隊長に横滑りさせる人事も考えられるから今同様、あまり人気を獲得しないでくれたまえ」連隊長も松山3佐が超体育会系の巣窟である第3普通科連隊では異分子であり、脳まで筋肉質な隊員から敬遠されていることは承知している。その一方で森田曹侯補士の不当人事に真っ向から抵抗した態度に敬意を抱いた隊員も少なくないことも理解している。ただし、1尉への昇任年限に達していない副中隊長=1小隊長による代行は避けたいと言うのが本音だろう。
「それにしても森田士長を使った挑発は傑作だったな」これ以上の話は出ないと見切った連隊長は少し表情を緩めると雑談に移った。それでも音量は上げない。
「あれは国営放送の美術にいる友人から入手しました。坂の上の雲用の屯田兵の軍服です」「すると今年の年末には第7師団が登場するんだな」意外な説明に連隊長は無意識に声を大きくした。やはり北海道で勤務する陸上自衛官として日露戦争における屯田兵と第7師団の活躍には興味を抱いているようだ。日露戦争では北海道での徴兵開始に伴って明治29年に創設された第7師団が旅順要塞攻城戦に投入されただけでなく、残っていた屯田兵は長岡外史少将の画策でロシアがセオドア・ルーズベルト大統領の仲介による停戦交渉に応じる意思を表明してから樺太に侵攻して南半分を占領している。司馬遼太郎の原作ではこの戦闘にも触れていた。
「友人の話では撮影の準備はしていたんですが、放送時間に収まり切れないので大迫尚敏師団長が赴任してきて心境を語る場面だけだそうです」「国営放送としても衣類の保管には限界があるからな。ウチの補給科でも被服にカビを生やさないのに苦労しているから余計な物は処分しなければならないんだろう」やはり連隊長は駐屯地司令としての職務も認識していることが判った。予算が潤沢な国営放送と空調設備もない駐屯地の補給倉庫では被服の保管状況は違うはずだが、第2次世界大戦を経験した世代が急激に減少している時代に日露戦争を描いたドラマが制作されるとも思えず、新品を原価で買えたのは当然だったのかも知れない。
「しかし、坂の上の雲の軍服は第1話、第2話までは滅茶苦茶だったが、あの屯田兵の軍服を見る限り今回は修正したようだね」3年連続・隔年放送の「坂の上の雲」の最終話が近づいていることに気がついて連隊長はその話題を続けてきた。確かに第1話では陸海軍共に史実にはない珍奇な軍服が続出して、明治35年に発生した八甲田山事件の資料館を開設している青森駐屯地の第5普通科連隊でも怒りの声が上がっていた。
「国営放送にも抗議の電が殺到したそうで、友人も歴史研究家の指導で衣装を手直ししたようです」「だろうな。上下白の軍服では汚れが目立って訓練にならんよ」連隊長は陸軍の例を挙げたが、視聴者の怒りを買ったのは海軍の白ズボンと軍帽の金線だったと友人は言っていた。尤も松山3佐にはその手の趣味がないので特に気にはならなかった。
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  1. 2019/12/25(水) 13:41:03|
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