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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1776

松本は8月下旬のトリポリ陥落に合わせてリビア入りしたが、日本ではカダフィ大佐と言う不可解な呼び名が定着いている最高指導者のムアンマル・アル=ガッダーフィはその前に逃亡しており、杳(よう)として行方が判らなくなっている。松本としては日本との外交関係が薄いリビアでは国内の混乱を現地確認するだけで十分だが、相棒のジェームズのイギリスは旧宗主国であり、直接介入しているNATO軍の戦果確認を含めた詳細な調査を命ぜられているため反ガッダーフィ派の捜索に同行していた。
「軍の最高司令官が大佐と言うのも妙な話だね」反ガッダーフィ派の車列の後ろに続行しながら助手席の松本はリビアに関する情報不足を補完するための質問を始めた。今回の派遣は民政党政権下で外務省が機能停止になっていることの窮余の策として「アラビア語に堪能」と言うだけの人選で送り込まれたため事前情報は持ち合わせていないのだ。
「ガッダーフィの大佐は尊敬するエジプトのナッセールの軍人としての最終階級を真似しているだけでリビア軍での階級は中尉だったんだよ」意外な回答に松本はイギリスの情報収集能力の幅と深さを再認識した。ガッダーフィは陸軍士官学校の学生だった時から封建君主制を打倒することを目指す自由将校団(この時点では候補生だった)を組織しており、1年間のイギリス留学を経て通信隊勤務の中尉だった1969年9月1日にトリポリでクーデターを起こして政権を奪取すると海外で病気療養中だったイスラム君主の帰国を拒否して共和制国家を樹立させた。一方、アメリカでは日本の外務省やマスコミが請け売りしている通りの表面的な理解に終始している。アメリカの国務省や軍と国防総省の諜報機関も情報量では遜色はないが分析能力が格段に違う。アメリカでは政治的目的に基づく先入観を根拠づけるために事実を取捨選択し、変質させた解釈を大声で断定することが横行しているのだ。
「それでも一介の中尉が国家元首にまで上り詰めたんだから卓越した人物だったのは間違いないだろう。イラクのサッダーム・フセインもブッシュ・ジュニア政権に殺されたが、あの政治手腕を失った後の混乱は収束できてないじゃあないか」松本の指摘にジェームズは口の中で苦虫を大量に噛み潰した。イギリスのMI6にとってイラク侵攻はブッシュ・ジュニア政権に籠絡されたトニー・ブレア政権が諜報機関は否定していたイラク国内の大量破壊兵器の存在を認めた屈辱の過去であり、多くの国をイスラムとの全面戦争に引き込んだ共犯者としての罪悪感が不満や憤怒よりも失意と苦悩を与えるのだ。
「リビアは表向き直接民主制を敷いているから国家元首は存在しないんだ。ガッダーフィも国家指導評議会の議長であって大統領でも国王でもないよ」「この規模の国なら直接民主制が成立するのかな」地理の授業のような話になって松本は生徒のように考え込んだ。日本の地理で習った直接民主制と言えばスイスになるが、人口ではスイスが約787万人で世界93位なのに対してリビアは約665万人で100位にも入らない。しかし、面積はスイスが約4万平方キロメートルで131位なのにリビアは約156万平方キロメートルで16位だ(日本は約38万平方キロメートルで61位)。ただし、石油や天然ガスなどの地下資源は潤沢で国力としてはスイスに引けは取らない。要するに民主主義の概念自体が違うようだ。
「どちらにしろ民衆がここまで過激に蜂起して殺そうとする指導者は過酷な圧政を敷いていたのは間違いないな」ジェームズは一方的に結論を出したが松本には自己弁護にしか聞こえない。リビアへの派遣が決まってから事務所で乱読したスクラップ・ブックや録画してあったニュースの動画では2010年の暮れにチュニジアで発生した反政府デモに呼応して2011年2月にリビアでも民主化を求める反政府デモが始まったことになっているが、どちらもイスラム教の戒律と西欧的な自由民主主義の整合を進めるソフト・イスラム国であり、中でもリビアは富の分配には積極的でガッダーフィ政権に対する国民の支持はイラクのフセイン政権と同様に強固だったはずだ。何よりも反政府の声がインターネットを通じて拡散・勃興したことからヨーロッパ圏からの扇動と見るのが非キリスト教徒でアジア人である松本の常識だ。
「要するにブッシュがアフガニスタンとイラクで始めた対イスラムの第3次世界大戦をNATO軍が継承してエジプト、チュニジア、リビアと北アフリカに拡大したと言うことだな。結局、十字軍の使命感を持ち続けているんだね」この独り言は日本語にしたがジェームズが日本語にも堪能であることは判っている。日本人としての見解として伝えたのだ。
「ヒョッとして首謀者はバチカンの教皇か・・・」前を走る小型トラックの荷台で銃を構える兵士たちを眺めながら松木の思考は唐突に飛躍した。9・11テロへの懲罰=報復を大義名分とする今回の世界大戦はブッシュ・ジュニア政権内の軍産複合体の画策と言われているが、ここまで宗教戦争の様相を呈してくると、より根深い人類史上の悪事を考えたくなってくる。
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  1. 2019/12/26(木) 13:25:34|
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