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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1778

8月24日にガッダ―フィがトリポリから逃亡して以来、リビアの各市街地や集落は国民評議会が派遣する捜索隊よって制圧されている。しかし、新政権とNATO軍、そして西側のマスコミが「残党」と呼ぶガッダーフィの信奉者たちは執拗に波状攻撃を加えており、アフガニスタンやイラクと同様の状況が発生しているだけだ。その点、シリアはイラクから逃れてきたイスラム過激派が暴力で敬虔なイスラム教徒たちを迫害しているので状況が違う。
「あの時、ニジェールへ逃亡したのはガッダーフィ政権の残党だけだったよな」トリポリに戻り、散発的に起こる市街戦を遠巻きに見聞する「平和な時間」を過ごすようになって1ヶ月が過ぎ、住民が殺害されて無人になっている家屋の一室で松本はジェームズに語りかけた。それは9月上旬にアメリカ軍の無人偵察機が大規模な車列が砂漠を南下しているのを発見し、現地に向かう捜索隊に同行した事件のことだ。あの時は車列から発射された携帯式地対空誘導弾で偵察機が撃墜されたためNATO軍は車列にガッダーフィが乗っていると判断したが、国民評議会は別ルートからの情報を重視して対応が遅れ、国境を突破させてしまった。
「結局、あの車列に乗っていたのはガッダーフィ政権の残党だけだった。NATO軍としては空爆で阻止するつもりだったが、やはり新政権に正規の裁判で処分させないと国際上社会に説明がつかないんだよ」ジェームズは街角の露店で買ってきたナツメヤシの実を口にしながら答えた。ナツメヤシは甘味と渋味が程良い果実だが、何よりも栄養価が高い健康食品だ。
「ニジェール政府は国民評議会の引き渡し要求を拒否したじゃあないか。身元の確認にも応じていない。NATO軍は本当に武力でイスラム教を壊滅できると思っているのか」松本は最近、口が重くなっているジェームズに畳みかけるように話しかけた。ジェームズも本国に「国民評議会はイスラム教徒の支持を得ていない」「NATO軍の攻撃は市民の怒りを呼んでいる」「武力行使はガッダーフィへの信任を呼び戻しているだけで逆効果だ」と再三報告している。日支事変から第2次世界大戦にかけてアメリカが中国に送り込んでいたジョセフ・スティウェル大将は蒋介石が中国人だけでなく国民党軍の将兵からも嫌悪されていることを具体的に報告して日本陸軍を大陸で壊滅させると言うルーズベルト大統領の戦略を転換させたが、情報を捏造することから始まったこの戦争を情報で止めることはできないのかも知れない。
「今のガッダーフィの警護要員はボディー・ガードを除けば南アフリカの傭兵なんだ。その中に俺の同僚を紛れ込ませている。ガッダーフィ自身も警護車両で行動しているから間近で捕獲する機会を伺っていると言うことだ」この情報は初耳だった。それを語るジャームズの目を見て松本は潜入しているMI6が機会を伺っているのは「捕獲」ではなく「殺害」であることを察した。イラクのサッダーム・フセインは2006年12月30日に形式的な裁判で死刑判決を受けて即日執行されたが、ガッダーフィには最早その手間もかけないようだ。
「あの時、国民評議会は信頼できる人物からの情報としてガッダーフィはバニワリードに潜伏しているって言っていたんだよな」今夜の松本の思考は9月上旬に引き戻されて足元を確認しているようだ。唐突にジェームズが捜索隊の幹部が宿泊している家屋で朝食をすませ、歓談している間に傍受した無線機の会話が思い出された。音量を下げた無線機で聞いたNATO軍の情報要員たちは妙に訛った英語で国民評議会の見解を嘲笑していたがニジェールへの逃亡が事実誤認であった以上、こちらを再度検証するべきではないか。
「バニワリードとスルトは近いのか」ガッダーフィの出身地が地中海沿いのスルトであることを思い出した松本が声をかけるとジャームズは無線機のイヤ・ホーンを耳にはめて目を閉じていた。確かに部屋の中で足を伸ばして眠られる生活は有り難い。ジェームズはリビアに来るまでアフガニスタンでも同様の生活を送っていたのだから疲労が溜まっているのは当然だ。
仕方ないので松本は地図でトリポリを起点に2つの地名を確認して距離を測った。するとトリポリからバニワリードは内陸に向かって150キロ弱、そこからスルトは沿岸に出て200キロ強だ。反ガッダーフィ派の組織が整う前なら車両でも容易に移動できる距離だ。つまりガッダーフィはバニワリードで政権幹部と別れ、出身地のスルトに向かったと考えるのが順当だろう。イスラム社会は部族の結束が文化大革命で破壊されるまでの中国と同様に極めて強固であり、国家の法律よりも部族の慣習が厳守される。ガッダーフィの部族は国民評議会が捜索隊を仕向けても武器を取って抵抗し、絶対に引き渡すことはないはずだ。
「興味があるのかね。相棒が寝てしまったから暇つぶしに君たちの指導者が今どこにいるのかを推理していたんだ。当たっていても少しでも生き延びられるように黙っておくよ」松本が顔を上げると殺されたらしい子供が目の前で地図を覗きこんでいた。背後には3世代の家族が立っている。松本は手を合わせて実家の宗旨で「南無妙法蓮華経」と題目を唱えた。
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  1. 2019/12/28(土) 13:16:05|
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