FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1780

ガッダーフィの殺害でリビア内戦が一段落し、松本は2カ月ぶりにニューヨークに帰った。すでにニューヨークは秋であり、空港内の売店で衣類を買い、その場で着替えて事務所に向かった。午後には工藤と一緒にワシントンの日本大使館に行き、諸西将補にリビアの現状とガッダーフィの殺害の真実を報告しなければならないのだ。
「松本くんはガッダーフィの最期についてアメリカではどのように報じられているかは知っているのか」事務所の長机で画像を掲示するためにパソコンを立ち上げていると工藤が質問してきた。2カ月ぶりに会った工藤は妙に表情が柔らかくなっているような気がする。
「はい、機内で幾つかの新聞を読みましたが、全く事実と異なる報道をしているようです」松本の回答を聞いて杉本、岡倉、本間はそれぞれ席から顔を向けた。
「どの新聞もガッダーフィは車列を組んでスルトを脱出しようとしたところに空爆が始まったので下水道に逃げ込んで死んだことになっていました」「それはアメリカ政府の公式発表であって、テレビ報道やインターネット配信でも同じことを言っているよ」松本の前置きにこちらも変に角が取れたような杉本が補足説明してきた。2カ月の間にこの事務室の人間に何があったのかは判らないが、微妙に雰囲気が変わったように感じる。
「実際は・・・」松本はジェームズから特に口止めはされていないが、アメリカ政府の公式発表に反する事実を語る言葉が出なくなった。今までもイラクやシリアで見聞したアメリカ政府の公式発表とは異なる事実をありのままを報告してきたが、今回は嫌悪感が胸に湧き上がり、吐き気さえもよおしてきた。そこで自分のマグカップにコーヒーを注ぎ、1口飲んだ。
「これがNATO軍のスルトへの空襲で、イタリアから飛来したミラージュ2000です」松本が立ち上がったパソコンにフラッシュ・メモリーを差し込んでスルトでの画像を掲示すると杉本、岡倉、本間も工藤の後ろに回り、パソコンを注視した。中でも本間は台湾空軍の新竹南寮基地でミラージュ2000を見たことがあるので身を乗り出している。
「これは新製品の無線誘導式偵察機の攻撃機バージョンです。低高度で飛行して目標に向かってヘルファイヤー・ミサイルを発射しました」空襲の場面が続くが撮影している場所が安全地帯なので迫力に欠ける。むしろ音声も入る動画の方が良かったが、電池の入手が困難だったため静止画像にせざるを得なかった。
「こここからスルト市内の破壊の状況ですが、事実上の無差別爆撃でした」松本はあえて「戦果」とも「損害」とも言わず、あくまでも中立・第3者としての報告にしている。
「それにしても空軍って連中は残酷だな」「奴らは人が死ぬのを間近で見ることがないからな」スルト市内の爆撃で破壊された家屋と殺された一般市民、ヘルファイヤーで焼き尽くされた廃墟と黒く焦げた遺骸を見ながら杉本と岡村が冷やかに評した。それを空軍=航空自衛隊の松本は苦い思いで受け取り、同じ味のコーヒーで腹の中に流し込んだ。
「これがガッダーフィ一族の長の屋敷跡です」画像では完全に破壊されているので「跡」になるが、実際は木材や人間かも知れない肉類が焼ける臭いが漂っていて過去形にはなり切っていなかった。続いて道路の情景になると全員が身を乗り出して注視した。
「これが車列かァ。これで逃走しようとしていたようには見えないな」「やはり公式発表は虚構と言うことだな」車列は整然と並んでおり、駐車中に破壊されたことは明らかだ。
「この穴が現場です」松本の説明に4人はさらに顔を突き出したが画像はコマ送りにしかならない。ワシントンに行く前に編集した上で画像を処理するべきかも知れない。
「これが引き出されたガッダーフィの遺骸です。額の中央に弾孔があります」「この画像はNATO軍とリビアの新政権も発表しているぞ」「車列から下水道の穴に逃げ込んで死んだと言うだけで、死因は明らかにしていないが・・・」ここで先ほど言いかけた事実の告白になる。松本は深めに息を吸って4人の顔を見回してから口を開いた。
「ガッダーフィの警護要員は南アフリカ人の傭兵だったようです。そこに・・・」「暗殺者を潜入させたんだな」杉本が言い当てると岡倉が悔しそうに舌打ちをした。
「それではガッダーフィが命乞いをしたとか殺害者を罵倒したと言うのは毎度の捏造だな」「本人はサッダーム・フセインの処刑を思い出して『あんな惨めな死に方はしたくない』と言っていたそうです。むしろ『銃弾で死にたいが、ムスリムは自決できないから』と望んで殺されたそうです」これはMI6の工作員=暗殺者がジェームズに語った話の請け売りだが、ガッダーフィを凶悪な独裁者にしなければならないアメリカ政府が認めるはずがない。今年の5月2日に死んだウサーマ・ヴィン・ラーディンと同様に、あくまでも死に際は見苦しく、惨めで醜悪な死に方をしなければ天罰により悪が滅びたことにならないのだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/12/30(月) 13:23:09|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1781 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1779>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5854-b9cc5d26
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)