FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1781

「松本が帰りました」「無事だったか」午後から松本は工藤と一緒にワシントンに行った。日本大使館の防衛駐在官室に案内されると諸西将補は席を立って安堵した顔で迎えてくれた。
「事前準備も予告もなしの急遽の派遣が2ヶ月になって、いくら百戦錬磨の松本くんでも流石に心配していたんだ」諸西将補は在外公館警備官室の女性職員がコーヒーを運んできたのに合わせてソファーを勧め、盗聴を妨害するための音楽をかけた。
「撮影してきた画像をお見せしながら説明したのですが」「それではパソコンを・・・」諸西将補の指示を受けて松本は机の上で使用中だったパソコンの電源を抜いてソファーのテーブルに運び、コンセントをDVDレコーダーの電源の下に差した。諸西将補は保全上の理由でインターネットをケーブルにしているためこれは接続したまま移動させた。
「フラッシュ・メモリーをよろしいですか」諸西将補が画面を終了させると松本は胸ポケットの名刺入れに隠してきたフラッシュ・メモリーを取り出した。松本としては同じような場面を削除して要点だけを見せながら説明しようと思ったのだが、現地でジェームズから入手したフラッシュ・メモリーは編集不能であり、工藤はそのままにするように指導した。やはり立場による関心を下位にある者が妨げるのは日本軍の悪しき慣習なのだ。
かつてのアメリカ軍は各部署が入手した情報は漏れなく指揮官に報告し、指揮官はその広範囲からの膨大な情報の中で総合的な判断を下すことになっていた。一方、日本軍では指揮官に負担を掛けないように参謀が情報を取捨選択して当事者にとって都合が好い物だけを報告していた。このため道路に例えればアメリカ軍では指揮官が左右を選択するのに対して、日本軍では参謀が決めた道筋を行くか止まるかだけを判断した。その結果、佐官どころか大尉クラスの策謀で満州事変が起こり、第2次世界大戦になだれ込んでしまった。愚かしいことに自衛隊でもこの日本軍式を踏襲しており、近年ではアメリカ政府内でも同様の情報操作が横行しているのだ。その点、工藤は旧来のアメリカ軍式を尊重しているようだ。
「やはりアメリカ政府の公式発表は信ずるに値しないと言うことだな」8月下旬のトリポリ市内での市街戦から始まってガッダーフィ政権幹部のニジェールへの逃亡、さらに各地での国民協議会の捜索隊とガッダーフィ派の攻防戦とNATO軍による無差別爆撃、蜂起した国民協議会派市民によるイスラムの風習を否定する破壊と迫害、そしてスルトへの攻撃とガッダーフィの死。戦場報道の専門家とは比べものにならない松本の稚拙な画像ではあったが、諸西将補は1枚1枚を詳細に確認し、質問を繰り返した。
「先日の島村(岡倉の偽名)のアフガニスタンの現地報告でもタリバーンに対する国民の支持は強固であり、現政権が進める欧米式民主主義の導入はアメリカの傀儡であることの証拠として水面下で離反が始まっていると述べていました」「私はイラクとシリアも見ていますが、リビアはサダーム・フセイン政権のイラクに近く、清濁併せ呑み、硬軟を使い分ける為政者の下で多様な存在が見事に共存していたのですが、その重しが破壊されたことで収拾不能の混乱、むしろ群雄割拠の戦乱が生起しているようです」部内出身とは思えない古典的な用語を並べた松本3佐の見解に諸西将補と工藤1佐は顔を見合わせた。
「このフラッシュ・メモリーは大使以下の外務省の人間に見せて私が説明するのに借りておく。入手先はリビアに潜入していたペンタゴンの国防情報局の担当者と言うことにしておこう」「ガダフィ大佐の死因についてはどうしますか」工藤が外務省の人間が最も関心を示しそうな事例を確認した。外務省としてはアメリカの公式発表を否定するような情報を東京に送ることができるはずはない。しばらく諸西将補も黙って思案した。
「同じ画像を使ってアメリカは例の虚構を公式発表したんだ。専門家の目から見てこの眉間の弾孔は至近距離から射殺されたものだとだけ指摘しておこう」「野畑政権では事実を知らせても無駄ですね」「野畑政権って・・・まだ民政党ですか」工藤の言葉に松本は困惑した。8月下旬にトルコへ向かい、ジェームズと合流してリビアに入った松本は9月2日に日本の首相が交代したことを知らなかった。今では年中行事になっている日本の首相の交代は海外で取り上げられるだけの関心を引かず、混乱の極致にあったリビアでは知る術もなかった。
「松本くんの決死の活躍の成果をあまり活用できなくて申し訳ないな。むしろ保全上の不安もあるんだ」工藤の返事は日本軍式の情報の取捨選択に通じるが、民政党政権は真摯に職務を遂行している官僚・国家公務員たちの貢献を否定し、冒涜してきただけでなく、各省庁からの公式な報告よりも記者会見でのマスコミの追求の方を信用して国政を踏み誤り続けている。下手な情報を渡せばインタビューでの取り引きに何の思慮分別もなく使いかねない。
「そう言えば後任者が決定しましたよ」ここで諸西将補が松本は知らない人事情報を口にした。
スポンサーサイト



  1. 2019/12/31(火) 14:07:22|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<1月1日・俳優・山本太郎の英雄?森恒夫が拘置所内で自死した。 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1780>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5857-2aa506ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)