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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第85回月刊「宗教」講座=短い経文シリーズ1「舎利礼文」

坊主たちの本山や地方僧堂での修行は意外に暇なので、余った時間には経文・経典の丸暗記に励みます。そうして朝夕の勤経の時、長い経典を経本なしで暗唱すると周囲が一目置いてくれるので次から次へと暗記していきますが、時には周囲が示し合わせてワザと間違って本当に暗記しているかテストすることもあります。そうして自分の寺に帰ると檀家の法要で長い経典を経本なしで詠んで修行の成果を誇示しますが、実際は参列者にも経本を配り、後ろの声で記憶を辿っているのです。その意味では参列者全員が「やっぱり本山から帰った和尚さまのお経が聴きたい」などと申し合わせて黙読すれば本山並みの修行になるでしょう。
このため檀家の間でも毎朝夕の勤経で「私は般若心経」「私は観音経=妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」などと経典の丸暗記自慢が始まることがあります。しかし、本来は経本を目で見て、口で詠み、耳で聞く「三読(さんどく)」が正しく、むしろ暗記に頼って詠み間違えることの方が戒められているのです。
そんな中で丸暗記する必要があるのが野僧の本業である托鉢です。托鉢では右手に持鈴か錫杖、左手には頭鉢を持つため両手が塞がっており経本が持てません。乞鉢袋(首に提げる托鉢用の袋)だけにすれば左手が開きますが、喜捨していただく時には袋の布を上げて受けなければならず経本を仕舞っている暇はありません。これからは野僧が托鉢用に暗記していた短い経文を紹介していきたいと思います。内容の解説も加えますから墓参や祈願の折にでも唱えて下さい。
最初は僅か72文字の「舎利礼文」です。この経文は天台宗、真言宗、臨済宗、曹洞宗の経本に収録されています。内容が理解できるように訓読から紹介します。
「舎利礼文・訓読」=「一心に頂礼し奉る。萬徳を円満し給える釋迦如来の真身の舎利。本地法身法界塔婆を我等礼敬し奉れば我が為に身を現じて入我我入し給ふ佛の加持の故に我ら菩提を証し佛の神力を以って衆生を利益せむ。菩提心を発し、菩薩の行を修して同じく円寂平等の大智に入らむ今将に頂礼し奉る」意味としては真身の舎利=釋迦如来の遺骨を前にした弟子や信者たちが遺徳を偲んで礼賛し、生前と変わらぬ加護を願い、佛道の継承を誓っています。この訓読は昭和34(1959)年から発行されている臨済宗の経本から引用していますが、編集者として長福寺の梅津静洲老師の名前が明記してあるものの実は「本地法身」が抜けています。ところが60年が経過した現在も大八木興文堂はそのまま印刷・販売を続けているのです。
釋迦如来の遺骨は1898年にイギリス人のインド地方行政官だったウィリアム・C・ペッペさんがネパールとの国境近くのピプラハマ村の自領内にあった佛塔を発掘し、砂岩の巨石を刳り抜いた櫃に収められた水晶製の容器を発見し、表面に記されていた古代文字を解読した結果、釋迦如来の真身の舎利=本物の遺骨として認定されました。翌年、その遺骨が当時のアジアの佛教国では数少ない独立国だったシャム国=タイ王国に譲渡され、その翌1900(明治33)年には国王・ラーマ5世によって日本国民にも贈呈されたため、これを祀る超宗派の寺院として名古屋市千種区に覚王山日泰寺(曹洞宗の地方僧堂にもなっている)が創建されました。一方、インド南部のインド洋上の孤島・スリランカは伝承では釋迦如来の在世から、史学的にも没後間もない頃から佛教に深く帰依しており、インドではヒンドゥー教に席巻され、そこにイスラム教の侵略も加わったことで佛教が壊滅した後も脈々と信仰は護持されていました。そのためスリランカのシンハラ王朝の王位の象徴は(日本の皇室の三種の神器に当たる)、父王によって派遣された王女が髪に編み込んで持ち帰った釋迦如来の歯であり、現在も古都・キャンディにあった王宮を廃位後に寺とした佛歯寺に祀られており、国内の寺院にも佛舎利=遺骨が継承されています。野僧はスリランカの釋迦如来の在世を祝うウェサック満月の祭礼で公開された佛舎利を間近で頂礼したことがありますが、それまでは誰もがお手軽に詠む経文としてそれほど尊重していなかった「舎利礼文」が無意識に口から出て、それが舎利に吸い込まれ、同時にまばゆい輝きを放ったように感じました。
一方、「舎利礼文」は各宗派では長さが手頃な上、釋迦如来への帰依を誓い、加護を願う経文として法要の焼香が長引いた時のつなぎ(この場合は終わるまで繰り返す)やついでのワンポイントなどで重宝させています。また遺骨への礼拜として墓経で唱えることも多く、特に曹洞宗では道元の遺骸を火葬した時に弟子たちが唱えたため、この逸話を聞いている檀家の間でも定番になっているようです。余談ながら道元を火葬した頃の熱源は薪や木材だったので現在のガスのように遺骨が炭化しておらず、全国各地の曹洞宗の大寺院には宝物として配られています。野僧も見たことがありますが、白の碁石のように丸く磨き込まれていました。
「舎利礼文」=「一心頂礼 萬徳円満 釋迦如来 真身舎利 本地法身 法界塔婆 我等礼敬 為我現身 入我我入 佛加持故 我証菩提 以佛神力 利益衆生  発菩提心 修菩薩行 同入円寂 平等大智 今将頂礼」この漢文も前述の臨済宗の経本では「真心舎利」、曹洞宗宗務庁発行の在家勤行聖典でも「身心舎利」と間違っています。それにしても曹洞宗の経本は昭和35(1960)年が初回発刊ですから当時はパソコンやワープロではないので「誤変換」ではなく完全な誤字です。こちらも誤字のまま現在も印刷・販売しています。最後に振り仮名ですが、これは天台宗と真言宗、臨済宗と曹洞宗では大きな違いがあります。
天台宗・真言宗・臨済宗「しゃりらいもん」=「いっしんちょうらい・まんとくえんまん・しゃかにょらい・しんじんしゃり・ほんじほっしん・ほっかいとうば・がとうらいきょう・いがげんしん・にゅうががにゅう・ぶつがかじこ・がしょうぼだい・いぶつじんりき・りやくしゅじょう・ほつぼだいしん・しゅうぼさつぎょう・どうにゅうえんじゃく・びょうどうだいち・こんじょうちょうらい」
曹洞宗「しゃりらいもん」=「いっしんちょうらい・まんとくえんまん・しゃーかーにょーらい・しんじんしゃーりー・ほんじーほっしん・ほっかいとうばー・がーとうらいきょう・いーがーげんしん・にゅがーがーにゅう・ぶつがーじーこー・がーしょうぼーだい・いーぶつじんりき・りーやくしゅーじょう・ほつぼーだいしん・しゅーぼーさつぎょう・どうにゅうえんじゃく・びょうどうだいちー・こんしょうちょうらい」要するに曹洞宗は檀家・信者を馬鹿にしているのでしょう。
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85b・佛歯寺佛歯寺
スリランカ佛歯寺佛歯寺の夜景
古志庵・玄関・托鉢グッズ左が乞鉢袋
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  1. 2020/01/02(木) 12:33:30|
  2. 月刊「宗教」講座
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