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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1786

やはり「坂の上の雲」は現役と元を問わず自衛官必見の番組らしい。東北では放送の翌朝、茶山元3佐が押入れの奥に仕舞っておいた段ボール箱を引っ張り出して資料を部屋中に広げていた。そこに妻の静(しずか)が入ってきた。
「貴方、それは年末の大掃除なの。それとも大散らかしなの」茶山元3佐は通信出身の岐阜の島田元准尉ほどは几帳面ではないので資料は分野別に段ボール箱に詰めているだけだ(島田元准尉は詳細に分類したバインダーに綴じて秘密基地=納戸の本棚に並べてある)。このため目当ての資料に辿りつくにはギッシリ詰まった箱の中身を底まで確認しなければならない。
「AOCの時に施設学校でもらった上原勇作元帥の資料を探しているんだ」茶山元3佐は静には通じない説明を呟きながら箱から取り出した資料に目を通していく。上原勇作元帥は「日本工兵の父」と呼ばれ、薩摩陸軍閥の落暉(らっき=日没の輝き)とも賞される名将だ。「坂の上の雲」では愛媛・松山出身の3人を主人公にしたため秋山好古大将を「日本騎兵の父」と過大評価しているが、実際は日本古来の築城や治水、鉱山の採掘などの職人技の上に近代的ヨーロッパ式土木建築工学を導入した上原元帥の功績の方がはるかに大きいのだ。
「学校長の精神教育だったと思うけどな。科長の歴史講話だったかも知れん」「大体、いつの資料なのか分けてまとめてあるんですか」自分の苦情に耳を貸さない茶山元3佐に静は軽い皮肉を与えて立ち上がった。それでも茶山元3佐は皮肉を受けて箱への分類を確認し始めた。
「そうそう、朝ご飯ができましたよ」どうやらこれが用件だったようだ。返事をしない夫の顔を覗き込んで念を押すと静は廊下に足音を響かせて台所へ戻って行った。
「ワシが2尉だった頃、お前と『二百三高地』って映画を見に行ったろう」マジックで箱の上蓋に中身を書き終えたところで茶山元3佐は茶の間にやってきた。静が温め直した味噌汁とご飯、卵焼き、漬物の一膳飯を運んでくると唐突に思い出話を始めた。
「あれは豊橋の東映でしたっけ。西武の映画館は東宝だったから」今日の静の反応は少しずれている。朝一番の会話が行き違いになると修正には回数を必要とするのかも知れない。
「あの映画の中であおい輝彦がロシア軍のトーチカが並んでいる下にトンネルを掘って最後には東鶏冠山堡塁の中までつなげていたじゃあないか。ところが『坂の上の雲』では日本軍のトンネルの話は全く出てこない。ワシはその話をAOCの時に聞いたはずなんだが思い出せないんだ」茶山元3佐が朝から年末の大散らかしを始めた理由を説明すると静は黙って食事を勧め、自分も手を合わせて箸を取った。
「あおい輝彦は夏目雅子を残して死んでしまったのよね。その夏目雅子はあおい輝彦の部下の子供を育てることになったから未婚の他人の母よ。あの時は私に同じことができるか考えながら見ていたわ」やはり女性は同じ映画を見ても印象に残る場所が違うようだ。確かに夏目雅子はあおい輝彦の妻として振舞っていたが、肉体関係=露出なしの濡れ場は出征前の1回だけだった。それで戦死した夫の部下の子供を2人育てると言うのは明治の女性でも無理ではないか。茶山元3佐も静が部下の子供を育てている姿を想像してみたが、殉職した部下がいないので中止した。すると静が卵焼きを頬張ってからご飯を口に運び、その後で助言した。
「貴方のお友達で戦争の歴史に詳しいお坊さんがいたじゃない。あの淳之介くんのお父さん」「モリヤ2佐かァ・・・彼は普通科だからな」確かにモリヤ2佐の宗教と軍事史に関する雑学には感心させられることが多いが、上原元帥は知名度が低く普通科の幹部が関心を持つとは思えない。何よりも施設科の幹部の自分が「工兵の父」について普通科の幹部に教えられるのは沽券に関わるような気がする。茶山元3佐は味噌汁を飲み干すとお椀を差し出した。
「塩分の取り過ぎは高血圧の元でしょ」すると静は椀を受け取って替わりに急須に湯を注ぎ、湯呑みで茶を出した。その湯呑みから立ち上る湯気を見て茶山元3佐は何故かひらめいた。
「そう言えば小椋くんは施設学校の教官だったな。ワシが上原元帥の功績に感動したくらいだから今の学生にも教えているだろう。早速、手紙を書こう」茶山元3佐は自分が施設学校のAOCを卒業したのが30年前であることを忘れて、最近まで施設学校の教官だった小椋元3佐に訊くことにした。あの頃、小椋3曹も新隊員後期課程の班長として2士たちを引率して映画に行ったことを思い出した。ならば同じ疑問を抱いていても不思議はない。これは元中隊長が与える冬休みの自由研究のようなものだ。
「小椋さんも年賀状を書いている時期で、迷惑でしょうから年末になってからにしなさいよ。その前に船岡の施設OB会の忘年会があるじゃない。そこで訊いたらどお」ここでようやく波長が同期したようだ。言われてみれば茶山家の年賀状も住所は手書きで、まだ十数枚残っている。酒席の話題にすれば格好のツマミになるのは間違いない。やはり持つべきは賢い愛妻だ。
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  1. 2020/01/05(日) 13:39:51|
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