FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

ガーセム・ソレイマニ少将の戦死を追悼する。

野僧はイラン革命防衛隊の特殊部隊「ゴドス」の司令官だったガーセム・ソレイマニ少将が1月3日の日没後にバグダット空港付近の道路を走行中にアメリカ軍の無人攻撃機から発射されたヘルファイアー・ミサイルによって爆・焼殺された事件について正月明けから報道番組を注視していますが、イランの報復攻撃の詳細とアメリカの反撃の可能性については時間を割いて報じているものの事件そのものやソレイマニ少将の人物像については正月中に海外の報道を紹介したままで独自の分析や評価は放棄するようです。
このため今回は野僧個人としてアメリカのイラク侵攻やシリアでのイスラミック・ステートの壊滅に貢献しながら勝手な独断の犠牲になったガーセム・ソレイマニ少将に対して遅れ馳せながら追悼の礼を表したいと思います。
野僧は航空自衛隊に入隊した頃には始まっていたイラン・イラク戦争について研究していたためその勇名についてはアメリカ軍の友人から入手していた軍事雑誌で読んで知っていましたが、現在の国家の中枢に位置する重要人物と同一なのかは認識できませんでした。
ソレイマニ少将は1957年にイラン南部内陸のケルマーン州で生まれましたが、若い頃は父親が借財を負っていたため建設現場や水道局で働いて生活費と返済資金を稼いで家族を助けていたそうです。1979年にイラク革命が起こると蜂起者を中心に設立された革命防衛隊に入隊して専門的な教育・訓練を受けないまま革命後の混乱の鎮圧に転戦し、中でも西アーザルバーイジャーン州のクルド人の民族蜂起の鎮圧で勇名を馳せました。
1980年9月22日に在テヘラン大使館の占拠事件が解決せず、窮余の策としてアメリカが供与した兵器と資金でサダーム・フセインのイラク軍が国境を越えて侵攻してイラン・イラク戦争が勃発するとソレイマニ中尉は指揮官として参戦し、敵中深く潜入しての偵察行動で武名を上げ、その戦功に応じて地位が上がり(階級は不明)、戦争末期には30歳で師団長に任命されています(敵ながら英雄的に雑誌で紹介されていた)。
イラン・イラク戦争の停戦後は故郷のケルマーン州の革命防衛隊の司令官になりますが、この地域はアフガニスタンからトルコ経由でヨーロッパヘ流入する麻薬の密売ルートであったため、その摘発に辣腕を揮ったことで武名はさらに轟き渡りましたが、アメリカにとってイランは大使館占拠事件以来の怨讐の的であり、革命防衛隊は討ち滅ぼさなければならない仇敵である以上、ソレイマニ少将の行為は悪事を前提に評価するしかなく、イラク侵攻時の軍功や対イスラミック・ステートの戦争で果たした大きな功績も役割が終われば功罪を相殺することもなく極悪人として処断するのがアメリカの行動原理です。
ソレイマニ少将はアメリカが一方的に革命防衛隊の犯行と断定しているテロの首謀者として2007年の国際連合安全保障理事会のイラク制裁決議でも対象者リストに名前が載り、アメリカが殺害することを合法化するためのお膳立ては整えられていました。
遺骸はミサイル式焼夷弾のヘルファイアによる爆・焼殺だったため識別不能な状態だったそうで火葬を禁ずるイスラムの戒律には反しますが、戦死なので軍人としての名誉は与えられたのでしょう。「捧げ銃」。ラッパ「国の鎮め」吹奏(ただしラジカセ)。「弔銃発射」。
スポンサーサイト



  1. 2020/01/12(日) 12:34:27|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1794 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1793>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5884-bcf944bb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)