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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1796

翌日は午後から行動開始になった。森田敬作3佐と謙作士長父子だけでなく母の秀子と新妻の照子も親戚一同に勧められた酒で泥酔し、2組の夫婦は襖を挟んで鼾をかいて熟睡していたのだ。
酒気帯び運転の心配をしながら車で道後温泉に行くと男女に分かれて浴場に入った。照子にとしては「坊ちゃん」のようにタオルを湯で赤く染めたいものだが1回だけでは無理だろう。
「照子さんは謙作が2人目なのね」「はい、前の夫は初めてでした」女湯で並んで身体を洗っていると秀子が唐突に質問してきた。全く予想していなかった質問だったため照子は困惑しながら前を向いたまま答えた。鏡に映っている上半身は豊かな乳房に少し色づいてきた乳頭がついているだけの普通の女の裸身だ。それでも同じ女性には性行為の経験が身体を成熟させていく過程が体験的に判り、秀子の目には照子は年齢の割に未成熟に映ったようだ。
「ウチの息子は若い癖に経験豊富だから習えばいいわ。野生動物並みに体力もあるし」「今、そうしてもらっています」恥じらって答えた照子を見て秀子は慈しむように微笑んだ。一般的に母親は息子の性行為の経験は知りたくないタブーにしていることが多く、部屋を掃除していてエロ本などを見つけると怒り狂うこともある。ところが森田家では謙作が中学生になった時点で森田2尉(当時)が極めて具体的な性教育を始めたため、秀子も息子の成長に伴う自然現象と受け止めるようになっていた。そんな秀子も中学生の時に夜這をかけられた近所のマセ餓鬼・森田少年が初めてで唯一の男性だった。
「貴方たちはこれが新婚旅行なんでしょう。照子さんはそれで良いの」身体を洗って湯船に浸かると秀子は質問を続けた。やはり裸のつき合いでは本音が聴けるらしい。
「私にもラジオの仕事があるから長くは休めないんです。年明けには正月の特別番組の収録があるから家で過ごすこともできません。私の方が申し訳ないくらいです」照子の答えに秀子は安堵したようにうなずいた。照子がDJ雪うさぎとして放送している番組は森田士長がCDに録音して送ってきたので聴いたことがあるが、多くの聴取者を獲得しているのも理解できる素敵な番組だった。照子の容貌であればテレビでも良さそうだがこちらは謙作の専有物になった。
「建物は立派だけど展示物は・・・空っぽに近いな」道後温泉の後は松山城と石垣の下に南隣にある「坂の上の雲」ミュージアムに行った。すると森田3佐は失望したように大きめの独り言を呟いた。確かに3角形の地上4階、地下1階の建物は立派だが、中に陳列されている史料は展示の間隔が広く、長々とした解説ばかりで中身がない。
「多分、正岡子規の史料は正岡子規記念博物館で展示しているから集らなかったんだろう。秋山兄弟は県や市の教育委員会が軍人を毛嫌いして無視してきたから地元には何も残っていないんだよ」父の見解は期待を裏切られた怒気がかなり含まれている。すると質問に答えるため展示場の隅に立っていた学芸員が近づいて声をかけてきた。
「何かご質問があればお答えしますよ」眼鏡をかけた一見して優等生と言う感じの学芸員は森田士長と同世代の男性なので大学を卒業して採用された新人のようだ。
「質問も何もこれだけ中身がないと訊くことを見つけるのは難しいよ」森田3佐は「入場料400円は高い」とは言わないが、国営放送を見て興味を持った人たちに「目玉」などと宣伝して旅行に来させれば失望感を与えることになるのは間違いない。
「確かに現在も史料の収集には鋭意努力しているんですが、子規については子規記念博物館だけでなく各地の文学館や俳句の愛好者が所蔵していますから入手が困難です」「何でも鑑定団の影響だな」森田3佐の答えに学芸員は苦笑してうなずいた。
「兄の秋山好古については晩年を松山で過ごしたので書や遺品はあるはずなんですが、校長を務めた私立北予中学校(現在は県立松山北高校)にも残っていないようで、戦後に破棄された可能性もあります」「卑しくも陸軍大将を呼び捨てにするのは失礼だろう。そう言う態度だから遺品を持っている人も寄贈しようとは思わないんだ」森田3佐が厳しい目をして指摘すると学芸員は顔を強張らせて一歩後退さった。
「松山市内に子規記念博物館があるならこちらは秋山兄弟を中心にして、白川義則大将や歩兵第22連隊の関係史料も展示してはどうだ。歩兵第22連隊は日露戦争から沖縄戦まで犠牲を恐れぬ勇猛果敢な戦いぶりで『伊予の佛連隊(戦死者が多いため)』と呼ばれていたんだ。そろそろ郷土の誇りにしても良いはずだ」「確かに歴史を客観視する見直しは必要ですが、市民の意識は日本軍を肯定できるところまでは変わっていないようです」学芸員は気不味そうな顔で会釈すると展示場の巡回を始めた。
「そう言えば22連隊が沖縄で玉砕した時の吉田勝連隊長は北海道出身だったぞ。お前を真栄里の洞窟壕に連れていったから引き合わせかも知れないな」いきなり話が飛躍してしまった。
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  1. 2020/01/15(水) 14:24:05|
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