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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1797

両親は愛媛に帰省すると父の森田家と母の松原家に分かれて逗留するが、森田士長と照子は2日目は松原家に宿泊した後、父の車を借りて四国旅行に出かけた。やはり新婚旅行なので親同伴では困る。宿泊も目的地のホテルを取り、ようやく新婚連夜を満喫できるようになった。
「結局、お前が行きたいところは小説の舞台ばかりだな。明日は『竜馬がゆく』の高知だろう」「だって北海道じゃあ風景が違うからイメージが湧かないんだもん。今日の『二十四の瞳』の小豆島なんて礼文島や利尻島の荒々しい自然で想像してたから壷井栄が描いてる長閑(のどか)な漁村の雰囲気に違和感があったのよ。実際に行って感激しちゃった」今日はフェリーで小豆島に行ってきた。照子は波止場で二十四の瞳の銅像を見たところから感激を始め、観光案内のワンボックス・カーで小説の舞台になった入り江の漁村から大石久子先生が自転車で通った岬に向かうと冬場なのにの窓を開けようとして運転手に止められた。旭川に比べれば格段に日差しが明るく暖かいのは判るが、照子としては自転車で風を切って走る大石先生の気分を満喫したかったのだろう。森田士長はそんな妻が愛おしかった。
「俺は運動部だったから小説なんて読まなかったけど、お前と知り合って随分と頭が良くなったような気がするよ。お前から話を聞いてると面白そうだなって思って本棚から取り出して読んでしまうんだ。今なら読書家の仲間に入れてもらえるかな」「私だってそんなに運動好きじゃあなかったけど貴方とデートしてるとダイエットを気にしないですむわ。歩く距離が遠足見たいだもん」確かに照子とのデート・コースは東西南北10キロはある旭川の市街地を端から端まで往復することも珍しくない。森田士長にとっては毎日走っている距離の数分の1に過ぎないが照子には小中学校の遠足並みなのだ。言われてみれば最近裸にすると腰や下半身が引き締まってきたような気がする。早くホテルに入って確認したくなってきた。
そんな四国1周(徳島県は高知に向かう途中の祖谷渓と大歩危小歩危だけ)の新婚旅行も高知観光を終えて両親の実家に向かうと車内で照子はFMラジオに聞き入っていた。
「正岡昇の『瀬戸は日暮れて』の時間です」「はじまったァ。ノボさんの番組だ」照子が歓声を上げたので森田士長も耳を傾けた。「正岡昇」と言うDJ名は子規の本名で、「ノボさん」も家族や友人の呼び名だ。「瀬戸は日暮れて」と言う番組名は小柳ルリ子の大ヒット曲から採っているようだが森田士長と照子が生まれる前の曲なので知らない。
「ノボさんは仙台のラジオ・ボランティアで一緒だったんだよ。岐阜の昭和一郎さんの次のベテランだったけど元自衛官の昭和さんと違って妙に軽い語り口で笑いを誘う話術を勉強しました」照子は森田士長が「男友達」と誤解しないように先ず予防線を張った。
「昭和一郎さんはお前が俺との交際について色々相談に乗ってもらった通信の元准尉だったよな。こっちの本業は何なんだ」「それがお坊さんなのよ」「坊主・・・」言われてみればラジオから聞こえてくる声には独特の張りがあり、毎日の読経で整えているような響きがある。
「坊主が1ヶ月間も寺を留守にしても良いのか」森田士長は寺の業界に詳しい訳ではないが、小牧で通っていた私立高校が宗教法人経営だったため校長以下の教師は坊主が多く、葬儀が入ると授業を交代するので意外に多忙なことは知っていた。
「70歳を過ぎたお父さんがまだ住職を譲らないから大丈夫だって言ってたわ」「ウチの墓がある寺の住職も俺が生まれた頃から交代してないもんな。あの爺さんは一体何歳なんだ」森田士長は菩提寺の住職を妖怪か化け物のような口調で語っている。
「90歳にはなってないと思うけど・・・」照子も墓参の後に本尊に拜礼をして住職に紹介された。かなりの高齢だったが背筋が伸び、言葉はハッキリしており、頭脳年齢は70歳代のようだった。そもそも坊主には毛がないので禿や白髪と言う判定基準がない上、人と会う機会が多いから頭が衰えることはあまりない。つまり元来が年齢不詳の職業のようだ。
「そろそろ大晦日ですね。僕は寺の副住職ですから除夜の鐘を突きます。ウチの鐘は小さいから余韻が短いんで30秒に1声ですみます。つまり54分前の11時6分から突き始めて午前0時ジャストに108つ目を突くんです。今年の煩悩を来年に持ち越さないで、然もわずかな隙に煩悩を起こさせないと言う綿密な計算です」正岡昇の佛教解説は門外漢にも中々面白い。四国では街中で白い装束を着た遍路を見かけるので佛教が生活に染み込んでいるのだろう。
「それではここで除夜の鐘の歌をお送ります」除夜の鐘の解説に続いて正岡昇の口調が軽く跳ね上がると聴き覚えがある伴奏が流れ始めた。
「これって・・・」「ゴンゴンゴーン、ゴンゴンゴーン、除夜の鐘、今年の煩悩祓いましょ。ヘイ、ゴンゴンゴーン、ゴンゴンゴーン、除夜の鐘、来年好いことあるように」要するにカラオケで正岡昇が唄ったのだ。このアイディアを照子が北海道に持ち返るかは判らない。
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  1. 2020/01/16(木) 13:12:48|
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