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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

1月17日・阪神大震災で忘れてはならない教訓と恥辱

今年の1月17日で平成2年11月の雲仙普賢岳の噴火と3年6月の大火砕流から始まる平成の大災害シリーズの中でも特筆すべき阪神・淡路大震災から25周年なのだそうです。
しかし、その後も大規模地震や火山の噴火、さらに毎年のように「過去に経験がない」と言われ続けている大規模台風の襲来などが頻発・続発した平成の大規模災害シリーズによって被災者の記憶が薄らいでいるためマスコミや被災した自治体は阪神大震災の問題点を封印し、復興の実績と防災指導の広報で隠蔽しているようです。
阪神大震災の最大の問題点は兵庫県から自衛隊への正式な災害派遣要請が午前5時46分の震災発生から4時間以上が経過した午前10時になってようやく行われたことです。その原因は兵庫県の職員には公務員労組の活動家が多く、自衛隊の派遣を阻止しようと県知事には被害の規模を矮小化し、県の対応能力を過大に報告していた上、知事がテレビのニュースなどで実態を知って派遣要請を決意すると通信不能と嘘をついて妨害したことです。この教訓から市町村長から要請を受けた都道府県知事は自衛隊に災害派遣を要請するように運用を指導されていますが、県知事は災害派遣要請が遅れた原因を自衛隊が連絡を怠ったこととする責任の押しつけを訂正することなく死にました。
また神戸市長は共産党や社民党を支持母体としていたため始めは自衛隊の出動には抵抗を示していたのですが、惨状を目の当たりにして(兵庫県知事も同じ光景を見ていたはずですが)派遣を打診しても市長には派遣要請の権限はなく前述の結果を招き、息がかかった学者に「80パーセントは圧死」と発表させているものの逆の立場の学者は「救助の遅れが原因」と指摘している数千人の犠牲者を出しました。さらに神戸市でも日教組と自治労が自衛隊の派遣に反対しており、神戸市立の小中学校と高校を自衛隊に使用させることを拒否していただけでなく、呉基地から救援物資を満載して出動した海上自衛隊の艦艇は神戸港への入港を拒否され、姫路港から陸路で輸送することになりました。
最終的には村山首相から抜擢された自民党建設族の大物・小里貞利震災対策担当大臣が事実上の陣頭指揮を執って復興事業を軌道に乗せたのですが、市民の生命よりも自分たちの政治信条を優先した公務員労組の罪状については放置されたままです。
しかし、野僧が阪神大震災に対して自決の衝動を感じるほど無念の思いを抱き続けているのは、山口県の防府南基地と言う至近距離で勤務していながら航空教育隊司令が「他の部隊の選手要員は災害派遣で出場できない」と聞いて「優勝のチャンス」と考え、熊谷基地の第2教育群から神戸市内に出動させて防府南基地からは炊事用員を数名差し出しただけにしたことです。武人たる自衛官としての本懐はあくまでも防衛出動ですが、災害派遣も余技とは言え任務であり、少なくとも運動会の準備と運営よりも優先すべき重大事です。ましてや他の部隊が選手要員を災害派遣に出して戦力が低下しているのを狙って獲得した優勝に何の意味があるのか。閉会式では航空教育隊の表彰に拍手するチームはなく、多くの部隊は「災害派遣に向かう」と言う理由で閉会式を拒否して帰隊したのです。野僧にとって阪神大震災は自衛官人生最大の恥辱でした。誰か割腹用の脇差を貸して下さい!
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  1. 2020/01/18(土) 13:14:25|
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