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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1800

今年の紅白歌合戦は東北地区・太平洋沖地震の被災者を激励すると言う願いを込めてニュース直後の7時15分から「行く年来る年」に引き継ぐ11時45分までの長時間だった。男性陣は夕食のお茶代わりの乾杯から酒が始まっている。
前半は若手のグループと歌手が続くため小春も喜んで見ていたが、松坂市出身のポップス歌手・西野カナと女性演歌歌手の川中美幸に挟まれて平井堅が登場すると裕美2曹は男性陣の雑談を手で制した。平井堅は大ファンだと言う紅組司会者の井上真央が紹介した。
「例え時が移ろうと 縫い合わせた絆は決して解けない ああ貴女の声は忘れれば 忘れゆくほど焼きついていた・・・愛しき日々よ サヨナラは言わないで・・・」「この歌って『JIN・仁』の主題歌じゃない」沈黙を命じられている男性陣に代わって母の玲子が口を挟んだ。幕末にタイム・スリップした外科医が主人公のこのドラマを両親も見ているようだ。すると裕美2曹は言葉ではなく2回うなずいて返事にした。
「・・・貴女に吹く風よ 貴女に咲く花よ 貴女と追いかけた明日よ また会いたくて・・・」これが国営放送のドラマであれば一番盛り上がるこの辺りで番組の名シーンが背景に投影されるはずだがそこまで寛大ではなかった。
「『JIN・仁』は面白いよな。坂本竜馬に毛利藩に武器を売ったことを後悔させてただろう」「久坂玄瑞に尊皇攘夷を信じている奴は大馬鹿だとも言わせていました」平井堅が終わって藤あや子、細川ひろしの演歌が続いている間に男性陣の雑談が再開した。
「大河ドラマもネタ切れなら『JIN・仁』みたいにコミックのドラマを考えればいいのに」「僕は『ジパング』がお勧めだな」話が弾んでいると白組で猪苗代湖ズが登場した。すると今度は正敏曹長が手で家族を制した。猪苗代湖ズは名前の通り、福島県出身のバンドだが会津若松出身はボーカルだけだ。それでも正敏曹長は真剣に聞き入っていた。
「そう言えば来年の大河ドラマは会津が舞台だったよな」「再来年でしょう」望郷の思いを抱いた正敏曹長の呟きを玲子が訂正した。確かに残り数時間は再来年だ。
「トリが津軽海峡冬景色だったとは松山家のための選曲みたいだったな」「その前の愛燦燦もね」番組が終わり、行く年来る年に代わると炬燵で眠ってしまった小春に毛布をかけてあらためて中村家恒例の年明けの乾杯になった。蕗ヶ丘には寺がなく除夜の鐘は聞こえないので(名張市では過疎部落から新興住宅地内に移転した寺もある)、ここからは会話を楽しめば良い。
「私も来年早々には付になって定年だよ」乾杯後の開口一番で正敏曹長は今年の予定を語った。長女の昌代1曹の年齢を考えると遅い定年だが、新隊員で小牧基地の第5術科学校に入校している時に玲子と知り合って間もなく結婚したので不思議ではない。
「それじゃあ今夜はお父さんの武勇伝を聞かせてもらわないといけませんね」千秋3佐が正敏曹長のグラスにビールを注ぎながら要望すると、聞き飽きているらしい玲子は苦笑いして裕美2曹のグラスに女性用の赤ワインを注いだ。
「私は早くに名張に家を持った関係で小牧の教官と入間のDCに行った以外は転属をしていませんから取り立てて語るような経験はしてないよ。強いて言えば御巣鷹山の事故くらいかな」「貴方、あの話は新年の祝いには・・・」正敏曹長が1985年8月12日に発生した日本航空機墜落事故に出動した経験を語ろうとすると玲子が制した。事故での体験談は悲惨な場面が続くため年頭の「晴れ」の話題として相応しくないのは間違いない。話が途切れたところで千秋3佐が小春を抱いて裕美2曹と一緒に2階の寝室に運んでいった。
「流石に今回は自衛隊に愛想が尽きました」2人が戻ってきて酒が進むと千秋3佐は突然怒り上戸になり、義父の中村正敏曹長を相手に曹侯補士の強制退職への怒りを語りだした。
「しかし、曹侯補士は陸上でも4年以降、7年未満で3曹に昇任させる条件で採用しているだろう。方面隊司令官の権限で退職させることができるのかね」中村曹長は婿の怒りを刺激しないように気を遣いながら疑問点を正した。
「陸曹への昇任は方面隊の発令なので方面総監が認めなければ3曹にはなれないんです。後は現場の責任で説得して依願退職です。僕もまさか不当人事に加担する羽目になるとは思いませんでした」ここまで怒りの炎を噴くと喉が焼けるようで、千秋3佐は手酌でグラスにビールを注ぐと珍しく一気に飲み干した。
「それで裁判沙汰にはならなかったんですか。空自で同じことになれば民事訴訟に新聞投稿、反対の署名運動まで起こしかねませんよ」「陸自では上官の命令は良し悪しは考えずに組織ぐるみで実行しますから有り得ません・・・辞めた」最後に腹の底から吐き出したような怒声を上げると中村夫妻は困惑して顔を見合わせたが、裕美2曹は黙って小さくうなずいていた。
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  1. 2020/01/19(日) 12:47:07|
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