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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1801

1月1日の夜は近所の寿司登美で寿司と張り込んだが、いきなり東野英治郎=水戸黄門似の大将が浮かない顔で詫びを入れた。黄門さまに詫びられては返す言葉もない。
「すいませんね。市場が休みなもんで好いネタがないんですよ。本当は店を閉めたいんですが正月は意外にお客さんが多くて。冷凍物と〆鯖(しめさば)、卵と海苔巻だけで開けてます」おせち料理は正月中の女性の負担軽減と年賀の来客用に作ると言われているが、家族が毎回食べるのにはあまり好まれないのかも知れない。
「じゃあそれで」今回は財務省担当の千秋2佐(1月1日付で昇任した)としては安く上がるので大歓迎だ。すると広くはないカウンターに座っていた夫婦2人連れの客が端に移動してくれた。母の玲子が挨拶したところを見ると近所の人らしい。
少し浮かない顔の大将がカウンターの向こうで俎板(まないた)の上に鮪(まぐろ)と烏賊(いか)、鰤(ぶり)、卵の厚焼きを並べ、薄く切って寿司を握り始めると正敏曹長と千秋2佐は出されたビールをグラスに注ぎ乾杯した。
「松山2佐は真面目に考え過ぎるから上官の横暴が余計に我慢ならないのかも知れませんね。その点、私なんかは空曹ですから命令を忠実に遂行していくだけで、それ以上のことは考えません。それは裕美も同じでしょう」正敏曹長は年越しの時、日頃は感情の起伏を感じさせず、むしろ凍結したような印象を与えている婿の千秋2佐が激昂し、「辞める」と宣言したことが気に掛かっているようだ。松山一家は明日の朝には北海道に帰るので話すのは今しかない。
「裕美は僕が考え過ぎるのをスパッと割り切らせてくれるので助かります。と言う訳で僕は本気でスパッと転職しようと考えています」「それはまた唐突な・・・」中村曹長は飲みかけていたビールでむせ始め、それを見て千秋2佐が手吹きタオルを差し出した。
「転職ですか。中々勇気がいることですね」すると端に移動してくれた夫婦の夫の方が声をかけてきた。年齢は50歳代の前半で、面長で精悍な顔立ちだ。
「すみません。話が聞こえてしまったもんで」「そう言えば久保井さんも転職されたんでしたね」正敏曹長が返事をしたためこの2人連れが1本上の通りの久保井夫婦だと判った。妻は最初に中村家に訪れた時、平井堅の実家の場所を訊いた有名な大ファンだ。
「実は私もバブルが弾けて間もない頃、リストラされて系列会社に転職したんです。会社としては新型コンピューターの導入で私のような課長クラスの事務処理を省くことができるようになって人件費削減としての決断だったんでしょうけど、息子たちが金がかかる時期だったから本当に不安でしたよ」考えようによっては北部方面隊の曹侯補士切り捨ては滋賀総監の独断による採用区分別リストラと言えるのかも知れない。
「そう言えば我が社(航空自衛隊)でもバブルが弾けた頃に、空士の質の快復のためとバブル入隊の士長の継続任用を認めなかったことがあるな」唐突に正敏曹長が内輪ネタを暴露した。千秋2佐は部内とは言え久保井は民間人だ。これが「不当人事」と受け取られるような処置であれば内部事情の漏洩になりかねない。
「松山2佐のところとは違ってウチは空士の継続任用の停止ですから合法的でした。確かにバブル入隊の空士の質は酷いもんでしたから必要な処置だったんでしょう。現場も苦労して育てた隊員を退職させるのは忍びなかったんですが、空曹にできるような奴は少なくて納得していました」「それが組織の分別と言うものでしょう」千秋2佐が評したところに大将が長い皿に盛った寿司を出した。赤身の鮪と白い烏賊、桃色の鰤と青の〆鯖、黄色の卵が並び色合いが美しい。そこに干瓢(かんぴょう)巻とカッパ巻が添えられ見た目の趣向が凝らしてあった。
「今年の紅白の『いとしき日々よ』は良かったですよね」気がつくと裕美2曹は久保井の妻の隣りに座って平井堅談義にふけっていた。小春は祖母が相手をしている。
「『JIN・仁』の主題歌は良かったけど、演歌に囲まれてと言うのは無理に押し込んだみたいで少し違和感を覚えたね」今回の平井堅は川中美幸と藤あや子の間で次の白組は細川たかしだった。下手すれば和服を着て登場した方が収まりの良い出番だ。
「今年は中2年の出場だけど、どうして途切れ途切れになっちゃうんでしょう」「うん、2000年が『楽園』で初出場、跳んで2002年が『大きな古時計』、3年が『見上げてごらん夜の星を』で坂本九と共演、4年が『瞳をとじて』で中2年、7年が『哀歌(エレジー)』、8年が『いつか離れる時が来ても』、それで中2年で去年の『いとしき日々よ』だね」流石は周囲が認める大ファンだけに頭に入力・保存されているデーターも見事と感心するしかない。
「ウチの旦那なんか『平井堅はたまにしかヒット曲が出ない』って言うんだよ。本当に腹が立つよね」そう言われて妻越しに覗き込むとその旦那は真顔で父と夫と深刻そうな話をしていた。
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  1. 2020/01/20(月) 12:06:25|
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