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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1802

1月4日は仕事始めの駐屯地朝礼の後には昇任者の連隊長への申告がある。対象者は1科に集められたが1科長は松山2佐に申告を終えた後、1科で待つように要望した。
「松山2佐、4中隊長は3佐職配置なので1階級上の2佐でも問題はないんですが、やはり異例なので3月の人事異動に合わせて師団内の配置換えを調整させてもらいます」申告は上位者からなので最初に終わった松山2佐がソファーでコーヒーを飲みながら待っていると立ち合っていた1科長が戻ってくるなり用件を切り出した。4中隊長は前々任者の吾妻1尉が安川3曹に対する暴行事故に加担した疑いを持たれたため定年配置で業務隊の糧食班長になっていた天野1尉と交代させられた。その天野1尉が定年を迎えたため吾妻1尉と交代させる形で松山3佐が転属してきた。この無理な人事も「勤務評定が低い松山3佐は当分昇任しない」と言う前提だったが、やはり見込み違いだったようだ。
「僕は年末に退職を申し入れたはずだ。今は欠員の補充を考えるべきだろう」松山2佐はソファーの目の前の席に座った1科長に感情を交えない低い声で返答した。それを聞いてコーヒーを運んできた週番士長がカップをテーブルに落として飛び散らしてしまった。
「副連隊長と私もあれは怒りにまかせた失言だったと受け止めています。折角、2等陸佐に昇任したんですから、今後は順調に幹部自衛官としての階段を登りながらその優れた能力を発揮していって下さい」1科長は雑巾を持ってきた週番士長に汚れを拭かせるとあえて聞こえるように松山2佐の発言を打ち消す言葉を返した。しかし、松山2佐は家庭とは別人の陰湿な目で1科長の顔を舐めるように見ると少し声量を上げて反論した。
「僕は怒りにまかせて我を失うほど単純な人間ではないよ。そう言う人物評価しかできない組織には愛想が尽きたんだ」それまで幹部同士の密談として聞こえない振りをして仕事をしていた1科の陸曹たちも驚いて顔を向けた。
「今頃、妻も業務隊で上司に同じことを申し出ているはずだ。幹部の退職願には定型用紙がないはずだから書いてきた。受け取ってくれ」そう言うと松山2佐は胸ポケットから白の封筒を取り出した。表にはペン書きで「退職願」とある。本来、退職願には定型はなく決済者が納得できる文面であれば良いのだが、陸士用としては「一身上の都合により云々」と常識的な短文が印刷してあり、日付と共に直筆で署名・捺印だけさせている。
「判りました。取り敢えず受け取らせてもらいましょう。それで退職後の仕事は決めておられるのですか。やはり連隊長や副連隊長に説明する際、確認されると思いますから参考までに・・・差し支えなければ」1科長は急に冷静な表情になると、松山2佐が両手で差し出している封書を受け取ったが、中は確認せずに口頭で質問した。
「当然、自衛隊には漏らせない仕事だよ。お偉方には妻に飲み屋を開かせてヒモになるとでも言ってくれ。近くにお越しの際はお寄り下さいってな」明らかに茶化した松山2佐の答えも1科長は冒頭だけで十分な衝撃を受けた。このW稲田大学政治経済学部出身の特異な人物が自衛隊に反発して退職する以上、敵に回る可能性は十分考えられる。反自衛隊の立場を取る政党に参加して国会での追及を指導すれば危険極まりない。
「用件はすんだな。僕は中隊に戻るぞ。まだ中隊長だから年頭の訓示をせにゃならんのだ」松山2佐は真っ暗になって固まっている1科長をさらに凍結させるような口調を投げかけて立ち上がると、顔を背けている陸曹たちの間を通って部屋を出ていった。ドアが閉まった瞬間、1科には溜息と口臭が充満した。
松山2佐が帰ると1科長は副連隊長室に駆け込んだ。副連隊長が封筒の中身を確認するとやはりペン字で「一身上の都合により退職を申し出ます」とだけ記して署名・捺印してあった。
「松山はW稲田大学政治経済学部出身だったな」副連隊長は机の向うに立っている1科長を見上げ、渋い顔で判り切っている人事情報を質問した。
「はい、政治家や官僚を多数、輩出している名門校です。震災の時、宮古に来た海外マスコミの取材を案内してきた総務省の官僚にも大学の同期がいたようです」1科長の説明も判り切っていることだが今回は別の意味を持った。
「拙いぞ。極めて拙い。自衛隊の中に拘束しておけば服務規則で政治的活動やマスコミへの投稿や出演も制限できるが、野放しにすれば何をやり始めるか判ったもんじゃあない」1科長は隊員のマスコミへの意見発表を制限しているのは保全規則だと気がついたが、自分への責任追及に怯えている上司を刺激するような真似をするはずがなく、同じような沈鬱な顔を作ると「確かに」と答えながら深くうなずいた。退職届を保留して説得を試みるのも無駄な相手だけに、この初仕事は今年1年分の精力を使い果たすことになりそうだ。
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  1. 2020/01/21(火) 13:32:07|
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