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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1803

「連隊長、先ほど申告を受けていただきました松山2佐が退職願を提出しました」副連隊長と1科長は考えあぐねた揚げ句に叱責覚悟で連隊長に報告した。今日が年明け初出勤の連隊長は部隊に届いていた年賀状の山を確認しているところだった。
「うん、先ほど業務隊長が報告したいことがあるから厚生班長を連れて来ると電話があったばかりだ。用件は同じだな」第3普通科連隊長は名寄駐屯地司令も兼務しているため駐屯地業務隊の人事も掌握している。松山裕美2曹が退職願を提出すれば報告を受けるのは当然だ。
「それでこれはどう処置しましょうか」報告を受けても平然としている連隊長に困惑しながら1科長は副連隊長と顔を見合わせ、目で譲り合ってから仕方なく質問した。本来であれば方針を説明し、承認を受けるのが自衛隊流だが、これは判断がつかないことを告白したことになる。すると連隊長はゆっくり2人の顔を見比べながら口を開いた。
「松山2佐は年末に『退職する』と宣言していたんだ。それを実行に移しただけだろう。後は事務的に淡々と処置するだけじゃあないか」「しかし、自衛隊に不満を持って退職させるようなことを許せば反自衛隊の活動に走らせることになりかねません」「彼の出身大学は政界にも強い人脈がありますから、野党に加われば自衛隊の内部事情に精通した告発者と言うことになりませんか」2人は先ほどまで話し合っていた不安材料をそのまま持ち出した。すると連隊長は苦笑して1科長の顔を見た。
「野党と言うのは自民党のことかね。今は政権与党が自衛隊の味方とは言えないだろう。松山の性格から言えば政党の裏方になって素人に代弁させるよりも自分が立候補して議員になろうとするはずだ。与野党どちらにしても現実を無視した防衛政策にモノ申すのは痛快だぞ。とりあえず大学の人脈で有力議員の政策秘書にでもなるのかな」連隊長は松山2佐の退職後の行動を楽しみにしているような口振りだ。
「次の総裁選で自民党の総裁が交代すれば臨戦態勢だ。後は解散に追い込めば政権奪還は間違いない。松山ならどう立ち回ると思うかね」「そんなことは考えていませんでした」唐突に質問されて副連隊長は言葉を濁してうなだれた。それを見て1科長が連隊長に確認した。
「それではこの退職願は受理してもよろしいんですね。師団や方面には何と説明すればよろしいんでしょうか」これも自衛隊的には幕僚としての無能さを自己申告しているような質問だが、確認と言う形式を取っているので体面は保てている。
「その文面通り一身上の都合だろう。師団の担当者に確認されても個人情報に属するからと回答を拒否されたとでも言えば良い。それで納得しないようなら現政権の防衛政策に危機感を抱いて政界に打って出るつもりかも知れないとでも答えておけ。松山2佐は本来そう言う人材なんだ」連隊長の評価が反抗的な言動や非常識な態度に嫌悪感を抱いていた自分たちとは全く違うことを知り、2人は絶句した。日本式人事管理の問題点として凡庸で狭量な中間管理職による評価によって常識の枠を超えて才能が排除されている現実がある。連隊長は1つ咳払いすると意識改革のため補足説明した。
「松山2佐は陸上自衛隊が有事に地域を占領するような事態が起これば行政官として抜群な能力を発揮する人材だ。その意味では指揮官よりも幕僚の方が適任だが、日本の幕僚組織は所詮、村社会だからな」最後の言葉はCGSで学んだプロシア軍のヘルムート・カール・ベルハルト・グラーフ・フォン・モルトケ元帥が確立し、現在のアメリカ軍に至る参謀機構を腐敗させた帝国陸軍の悪しき体質を踏襲している陸上自衛隊の幕僚制度を揶揄しているが、その悪しき体質に慣れ切っている2人には通じなかった。参謀が思考を常識の枠に押し留めれば敵の常軌を逸した戦術は考慮外になる。指揮官はその自由奔放な思考を取捨選択して部隊を運用すれば良いのだ。その点、陸上自衛隊では幕僚組織も科長以下の管理を受け、その裁量の中で順当に業務を消化することしか許されない。やはり松山2佐を活かす場所は・・・。
「例のERCが手続きを始めたようだな」陸上幕僚監部に松山2佐が退職願を提出したことが伝わったのは数日後だった。本当の目的を知らない各担当者は昇任した直後の幹部の退職に困惑したものの1科長の「現政権に反対する政治活動を始める可能性がある」と言う説明に納得して、順次上級部隊に連絡してきたらしい。防衛部長には人事教育部長から報告を受けた幕僚長が会同後に呼び止めて教えた。このERCとはオーリー・ライス・ガーデン(早い稲の田=W稲田)の頭文字の隠語だ。PM=パイン・マウンテン(松の山)にすれば固有名詞だが人物を特定される情報は絶対に隠蔽しなければならない。
「と言うことは来月にはアメリカ行きですね。朝鮮半島や中東が騒がしくなっていますから絶好のタイミングでしょう」防衛部長の返事に幹部の退職の決裁権者は深くうなずいた。
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  1. 2020/01/22(水) 12:30:53|
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