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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1804

船岡施設OB会が大活躍した2011年の忘年会は12月19日の月曜日に行われた。自衛隊退官後の再就職も定年退職した隠居親父ばかりなので土・日曜日にこだわる理由はないのだ。おまけに12月18日の「坂の上の雲」は日本海海戦なので宴席はこの話題で盛り上がり、茶山元3佐の上原勇作元帥と旅順要塞への坑道掘削に関する疑問も持ち出し易くなるはずだ。ところが12月19日に「坂の上の雲」を吹き飛ばすような事態が発表されてしまった。
「只今から平成23年の船岡施設OB会の忘年会を始めます」司会が指定職の1科勤務だった元2尉が開式の辞を述べると上座の新山元群長以下は胡坐のまま背中を伸ばした。
「それでは群長よりご挨拶をいただきます。群長、お願いします」出席者は20名なので会場の和室はそれほど広くはなくマイクも必要ない。新山巌元将補は立ち上がることなく3つ長い座卓を並べた席の出席者を見渡してから口を開いた。
「今年は東北地区太平洋沖地震と言う未曽有の災害によって思いがけず我々施設OB会も昔取った杵柄、本領を発揮することになりました。宴(うたげ)を開くに先立って犠牲者の御霊(みたま)に黙祷を捧げたいと思います。黙祷」やはり新山元群長は折り目正しい上に立つべき人物だ。茶山元3佐は先任順で決まった真ん中の座卓の席で頭(こうべ)を垂れながら慰霊と共に敬意を表していた。この群長の下で勤務できなかったことが本当に残念になる。
「今回の災害派遣の武勇伝と苦労話は酒が入ってからとしまして、今年は国内外ともに波乱含みで最後の最後まで色々な不測事態が起こるようです。我々が現役であれば常在戦場とでも訓示するのですが、あくまでもOBですので今年のようにお呼びがかかれば応じられる身心を維持することに努めましょう。終わり」ここは何年経っても「部隊、気をつけ」と言いたくなるが、出席者たちは今日発表されたニュースを小声でささやき合った。
「それでは乾杯の音頭を安食(あんじき)科長にお願いします」「ご指名に与りまして乾杯の音頭を実施します。用意は良いですね。材点検(施設基礎作業・重材料運搬の号令)」先任順2位の安食元3佐は毎回乾杯の音頭担当なので前置きの冗談も口癖化している。出席者たちはビールを注いだグラスを掲げながら発声を待っていた。
「乾杯」「乾杯」ここでビールを飲み干し、波乱の2011年を締めくくる忘年会は始まった。本来であれば災害派遣=被害復旧出動に特別参加した小椋元3佐も招待したいところだが、再就職した支所のバスの運転手は地域の公的行事が続く年末・年始は多用らしい。
「あの後は全身が筋肉痛になってマッサージ通いでエライ出費だったよ」「それでも1人もギックリ腰にならなかったのは流石にプロだよな」「若造たちとは鍛え方が違うんだ」今回の忘年会は話題に統一性が全くない。それでも大半は災害派遣の苦労話だ。
「金正日はクーデターで殺されたんじゃあないか」「半病人みたいな顔をしてたからやはり病死だろう」その傍らでは今日発表されたばかりの北朝鮮・金正日の死を議論している者もいる。
「韓国の野郎、偉そうに被害者面しやがって。ウチは冷害飢饉の時にも朝鮮の同胞に送るからって米を強制供出させられたんだ。日本人が大根をかじって飢えをしのいでいる時にも朝鮮の人間は白い飯を喰っていた。その恩を忘れやがって」中には12月14日にソウルの日本大使館前に設置された(いわゆる)従軍慰安婦像に怒りの声を上げている東北の農家の息子もいる。それでも現在の野畑政権に関する話題は酒が不味くなるだけでなく料理まで傷みそうなので誰も触れていない。これでは酔いが回る前に「坂の上の雲」の話題を持ち出すことは難しい。茶山元3佐は仕方ないので最高の知性・新山元群長に酒を注ぎながら強襲することにした。
「『坂の上の雲』は見ておられますか」ビールを注ぎ、注がれると単刀直入に初弾を放った。すると新山元群長は口元を弛めて「勿論」と答えた。
「実は昭和55年に見た映画『203高地』では日本軍が旅順要塞まで地下坑道を掘削していく場面があったんですが、今回は全く出てこないので研究を始めているんです」「あの映画は私も見たが時代考証はかなり好い加減だったな」新山元群長は少し皮肉に笑うと座り直して戦史の講義を語り始めた。茶山元3佐の地下坑道は旅順要塞に到達したようだ。
「今回の日本陸軍の軍服はカーキ色だが、あの映画では黒だった。日露戦争の時点では満州の土の色に合わせて変更しているからカーキ色が正しいんだよ。ただし、北海道から派遣された大迫中将の第7師団だけは屯田兵と同じく黒だったから、203高地を占領した将兵は黒でも間違いではない」この様子では新山元群長はかなり本格的な戦史の研究家らしい。そのような人物にこの質問は、話がとめどなく続いてしまうため宴席ではタブーに近い。案の定、自分の席でビールの順番待ちをしている出席者が痺れを切らしかけている顔でこちらを見ているのが目に入った。すると新山元群長は手招きして先に注がせると「興味があれば」と勧めた。
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  1. 2020/01/23(木) 13:08:43|
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