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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1805

「歩兵銃が30式か38式なのかはボルト部分の形状が違うだけだからこだわる必要はないが・・・」新山元群長も交代で注がれるビールで酔いが回り始めているようで話は深く深く暴走を始めた。茶山元3佐としては願ってもない展開だが、群長を独占する訳にはいかない。
「それで坑道は実際に掘削されたのですか」陸上自衛隊の宴会では泥酔ての戯言であっても上官の話の腰を折るような無礼は許されないが質問であれば次への誘導=期待になる。すると新山元群長も話が反れていることに気がついて苦笑した。
「日本陸軍工兵の父である上原勇作元帥は日露戦争後に『自分は日本の工兵を厳しく鍛え上げたが、ただ1つの手ぬかりは工兵による要塞攻略、特に坑道掘削訓練を怠ったことだ。これをやっておけば旅順であんなに苦戦はしなかった』と反省の弁を述べておられるんだ。帰国すると早速工兵による要塞攻略作戦の研究を始めて、翌年には小倉で演習を実施している」「と言うことは・・・」新山元群長は茶山元3佐に結論を言わそうとしたが腹の中に収めた。
「確かにあの映画で坑道を掘っていたのはあおい輝彦たち歩兵でしたから、そこに気づくべきでした」「映画の虚構なんて幾らでもあるよ。僕も昭和44年の『日本海大海戦』を見て日本海軍は燃焼効率に優れた下瀬火薬を使っていたから排煙が少なく、黒色火薬で黒煙が充満したロシア軍よりも有利だったと言う解説を信じていたが、あれは間違いだった」新山元群長の説明にビールの順番に並んでいた陸曹の出席者たちは身を乗り出した。
「そうなんですか。自分も陸士の頃に見て、ずっと信じていました」「自分もです」どうやら茶山元3佐の戦略は成功したようだ。これで「坂の上の雲」の話題で盛り上がれる。
「下瀬火薬は薬莢内の発射薬ではなくて砲弾内に充填する炸薬だから排煙の色とは関係ないんだ。排煙の濃度の違いはロシア艦は舷側が高いから、低いイギリス製の日本艦の方が通気性が好かっただけのことだろう。これは防大時代の海自の友人の見解だがね」「なるほど」この解説に聴講者が一斉にうなずくと関心を持った他の出席者も話を止めて顔を向けた。
「そう言えば昨日の『坂の上の雲』では砲弾が爆発するところで下瀬火薬の威力を説明して排煙の話はしてませんでしたね」「そこが司馬さんの研究成果なんだよ」茶山元3佐としてはこのまま「坂の上の雲」の話題になれば狙い通りだが、その前に訊き忘れたことがあった。
「ところで先ほど名前が出た日本陸軍工兵の父である上原勇作元帥ですが」「上原元帥のことは詳しいよ。何せ同郷だからね」意外な答えに茶山元3佐は膝の上で拳を握った。新山元群長は初任地だった船岡で一人娘と結婚したため定年退官後は妻の実家を相続しているが、元々は九州男児でも薩摩隼人と聞いている。新山巌と言う名前も大山巌元帥と姓の1字違いだ。
「上原元帥は正確に言えば宮崎県の都城市の出身なんだが、ドイツで学んだ最新の建設工学と日本の伝統的な築城や堤防の普請や大工・佐官と言った建築の職人技を融合させて独自の工兵を確立されたのは知っているね。そう言えば先ほどの坑道掘削では日本の炭鉱作業を参考にして、小倉で演習をやったのは三池などの炭鉱から鉱夫を動員するためだったようだ」確かに茶山元3佐も施設基礎作業を学んだ新隊員後期課程では土方や大工に弟子入りしたような気分になった。その意味では技術だけでなく職業意識=職人気質も継承したのだろう。
「しかし、残念なことは山口閥が退潮したのを機に陸軍内の派閥の解消を目指しながら、実際は絶対君主に祭り上げられて山口軍閥に冷遇されていた連中がて上原軍閥を作ってしまったことだ。然も、その上原軍閥が昭和になると皇道派と呼ばれて陸軍に精神主義なんて馬鹿な信仰を蔓延させたんだ」意外な事実に茶山元3佐は黙り込んでしまった。こうなると宴席では主賓の前を辞去しなければならない。
「得難いお話を伺えて本当に勉強になりました」「うん、私も久しぶりに戦史を語り合うことができて嬉しかった。今後も研究に励んでくれたまえ」茶山元3佐が深く礼をして前から下がると順番待ちをしていた陸曹たちが「流石に難しい話をされますね」「年末に貴重な勉強になりました」と皮肉ではなく本気で感心して声をかけてきた。
「茶―さん、えらく閣下と話し込んでいたけれど時事放談かね」料理を食べ終えた出席たちは和室に広がって車座を作って雑談に花を咲かせている。茶山元3佐はその中でも同世代の元3佐の固まりに加わることにした。腰を下すと持っていたグラスに1升瓶で酒を注がれた。
「『坂の上の雲』で判らないことがあったから教えを受けたんだよ」「俺は花の梅沢旅団が出なかったところが気に入らないな」「梅沢道治中将は郷土の誇りだからな」話は想定外の方向に広がった。「花の梅沢旅団」とは仙台藩士出身の梅沢道治中将が予備役や傷病明けの兵を率いて日露戦争の緒戦の沙河会戦を制したの後備旅団のことだ。確かにドラマでは取り上げられていなかった。さらに新たな研究材料が見つかったようだ。
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  1. 2020/01/24(金) 12:07:41|
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