FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

1月25日・スリランカで佛歯寺への爆破テロが発生した。

1998年の明日1月25日にスリランカの古都・キャンディーにある国宝・ダラダー・マーリガータ寺=佛歯寺に爆弾を満載したトラックが突っ込んだ爆破テロが発生しました。
佛歯寺は日本の京都御所と同じくシンハラ王朝の旧王宮で、三種の神器に当たる王権の象徴・釋尊の犬歯を祀っている国宝寺院です。日本の皇室の三種の神器の八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢の神宮の神体、天叢雲(あまのむらくも)剣=草薙剣も熱田神宮の神体なので皇室が護持しているのは形代(かたしろ)と呼ばれる複製品=模造品です。八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は本物としても、その三種の神器は壇ノ浦の合戦で八咫鏡は平時忠さんが守ったものの草薙剣は二位の尼が抱いて身を投げて海中に没し、八尺瓊勾玉は対岸の小倉の高浜浦で岩松と言う若者が拾ったことになっていますが、この伝承では時忠さんが持っていた八咫鏡も一緒に拾ったとしているので信憑性は低いでしょう(時忠さんはその功績で能登の輪島への流罪で赦免され、現在も子孫の時国家は健在です)。その点、スリランカの佛歯は植民地時代にイギリスが学術調査して本物と認定していますから世界的な宝物なのです。野僧も佛歯寺に行って佛歯を参拜したことがありますが、荘厳な円錐形の容器に収められており、その前に拜した佛舎利(遺骨)とは別の風格がありました。
この事件はイギリスの植民地時代に紅茶農園の労働力としてインド南部から強制移住させられたヒンドゥー教徒のタミル人がスリランカの独立後も母国に戻らずに北部に住みついていたのをインドが利用して、軍事訓練を施し、武器を与えて起こさせた内戦の一環です。
スリランカは佛教国なのでインドのマハトマ・ガンディーが理想とした調和を重んじる平和的で寛容な政治を実現しているのですが、反政府ゲリラ=タミル・イーラムの虎はイギリス軍からの伝統を継承している政府軍に歯が立たずに劣勢に陥るとテロを頻発させるようになりました。中でも植民地になる以前から居住している同じタミル人が社会的地位を築いていることを敵視して民族の融和を図るため必ず内閣に1名以上が加えられていたタミル人の閣僚の暗殺を常套手段にしていましたが、次第に重要施設や国宝寺院を標的にするようになったのです。
この日の夕方、まだ多くの参拜者や観光客でにぎわっていた佛歯寺の正門に大型トラックが突っ込み(鉄製の柵があるだけ)、王宮の正面通りだった参道(道幅は大型トラックではギリギリ)を暴走して本堂の前で大爆発しました。
しかし、幸いなことにスリランカから名古屋大学に留学している時、日本の道元禅に関心を持って永平寺の丹羽廉芳貫主に弟子入りした僧侶(駒沢大学の大学院にも進学している)がスリランカ国内の不穏な情勢を訴えたことで私費の提供を受け、佛歯を防弾ガラスで囲う工事が完成していたため優美な建物は破壊され、8名が犠牲になったものの佛歯は無事だったのです。ただし、境内で飼われていた白い佛象(神社なら神馬)の安否は不明です。
タミル・イーラムの虎がこのような極悪非道なテロを頻発させていてもヨーロッパや日本の人権団体はスリランカ政府による少数民族の迫害と一方的に決めつけて批判を続け、結局、それを利用した中国にインド洋制覇の拠点となる軍港を建設させてしまいました。
85b・佛歯寺爆破前の佛歯寺
スリランカ佛歯寺夜景
スポンサーサイト



  1. 2020/01/24(金) 12:13:23|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1806 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1805>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5908-5c1450ba
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)