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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1806

「貴方、お待ちかねの手紙が届いたわよ」年頭の気分も抜けた茶山元3佐が居間の炬燵で年末年始に詠んだ茶歌をた紙に書き並べていると静がA4版の茶封筒を持ってきた。差出人は小椋元3佐だ。これは12月11日に放送した203高地陥落の後に問い合わせた上原勇作元帥に関する施設学校の教育資料に違いない。茶山元3佐は船岡施設OB会の忘年会で戦史の権威・新山巌元群長から与えられた知識に加える新たな資料に期待を膨らませながら封筒を開いた。
「誠に申し訳ありませんが、私が勤務していた頃の施設学校では上原勇作元帥に関する教育は幹部課程の施設史の中で名前と業績の概略を紹介している程度でした」パソコンで記した手紙を読むといきなり期待を裏切られた。言われてみれば茶山元3佐が受けた講義も学校長か科長が個人的に研究した業績の紹介であって教程に記載されていた内容は似たようなものだった。
「施設学校としては戦後、警察予備隊として創設され、保安隊、自衛隊と発展していく中、一貫して旧軍との断絶を図ってきたため上原元帥の業績も日本陸軍の歴史であって陸上自衛隊とは関係ないと言うのが公式な立場です」これも茶山元3佐自身が実感していることだ。茶山元3佐が入隊した頃には戦前の軍隊を経験している幹部や古参陸曹がいたが、公の場所と時間では日本軍を賛美するような言動は全く見せなかった。
「そう言えば忘年会の時も上原元帥の名前を知っていたのは新山閣下だけだったもんなァ」忘年会では茶山元3佐が新山元群長を独占していたことに妙な嫉妬を抱いた連中から話の内容を追及されたが、上原元帥の名前を知っている者は誰もおらず、「工兵の父」と言う尊称も「坂の上の雲」で解説されている秋山好古大将の「騎兵の父」の方が通りは好かった。それどころか「坂の上の雲」に登場している大山巌元帥、児玉源太郎大将などの高名な軍人たちでさえ今回のドラマで詳しく知ったと言う者が大半だった。
「ただ、陸上自衛隊も海外では日本陸軍として同一に認識されており、第2次世界大戦では敵として戦ったアメリカやイギリス、フランスなどを含む諸外国の旧日本軍に対する評価は極めて高く、戦後すぐの頃のように別組織であることを強調する必要性は薄らいでいるようです」茶山元3佐もカンボジアPKOに参加しているが、身近に接した現地の人々は日本陸軍に心からの敬意と親近感を抱いており、学校で習ったような住民虐殺や強制労働と搾取、尊皇思想の強制などに対する怨嗟は全く感じられなかった。
「その意味では近い将来、陸上自衛隊が日本陸軍の歴史を継承する者としての隊員教育を実施するためにも資料の収集や客観的な評価、教訓の導出などに着手するべきかも知れません」流石に元1科長がパソコンで打った文章は事務的に体裁が整っている。茶山元3佐は久しぶりに公文書を読んでいるような気分になってきた。
「実は私も施設学校時代から柄にもなく戦史の研究に手をつけています。それは父が所属していた船舶工兵です。特に『船舶工兵の父』とも呼ぶべき鈴木宗作大将は愛知県の出身と言うこともあって新城、豊川、豊橋の図書館で資料に当たっているのですが市町村さえ特定できていません。愛知県内の教育委員会は軍人を蔑視しているため資料の収集や展示を放棄しているので、軍功や業績も忘れ去られているようです」現役時代は政治的問題には無関心と言うよりも他人事のような態度だった小椋元3佐が怒りを感じさせる文面になってきた。
「今のところ判ったのは船舶工兵は中国大陸の川幅40キロに及ぶ大河の渡河で装備と戦術を発達させ、それを第2次世界大戦の上陸作戦に応用したことです。ただし、海上輸送は輜重科の担当であり、海軍陸戦隊とも連携を図っていなかったのでアメリカやヨーロッパの海兵隊のように本格的な発展を遂げることはできませんでした」小椋元3佐は陸曹時代からアメリカ海兵隊に強い関心を持って研究していたが、それは単なるミリタリー・マニアなのではなく巨体に流れる父譲りの船舶工兵の血が騒いでいたようだ。
「こうなると目黒の防衛研究所に問い合わせるしかありませんが、人脈がないので躊躇しています。中隊長はお知り合いはいませんか」戦史の研究家の元群長と自衛官の弁護士なら知っているが、残念ながら防衛研究所に知り合いはいない。
「そう言えばモリヤくんに茶歌を送るんだった」茶山元3佐は小椋元3佐が同封してきた船舶工兵と鈴木宗作大将に関する資料に目を通しながら炬燵の上の書きかけの茶歌に気がついた。モリヤ2佐が無罪になり陸上幕僚監部法務官室に転属した頃に茶歌を披露したところパソコンで清書して送ってくれたので、それ以来作品を送って専属タイピストになってもらっている。モリヤ本人も茶歌を通じて自分の日常風景の覗き見することを楽しんでくれているらしい。
「梅沢中将は歩兵だろうからモリヤくんに訊いても良いかな」やはり施設科の幹部としては普通科のモリヤに教えを受けるのは上原勇作元帥ではなく梅沢道治中将になる。
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  1. 2020/01/25(土) 11:41:34|
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