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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1810

「こちらが昨日、着任された佐田支社長だ」「佐田です。よろしく」翌日、今後は佐田を名乗ることになる松山千秋1佐はニューヨークのオフィス街のビルの一角にある在米日系人向け雑誌・ウィクリー・ジャパン編集室で工藤からの引き継ぎに臨んだ。工藤に紹介されて自衛隊の海外情報活動の秘密要員たちの顔を見回すと実戦経験を積んだ少数精鋭であることが感じられた。逆に長机の席に立って並んでいる杉本、岡倉、松本、本間は妙に固まり、挨拶を返すのも忘れている。2佐の杉本と岡倉は3佐の事務所長として着任すると聞いていたが、昨日になって1佐の指揮官になっていることを知ったので心の準備ができていない。3佐の松本と本間は気難しい偏屈者と言う前評判に距離感を測りかねていたが、顔を見る限り若く優秀な人物のようで安堵と同時に困惑していた。
「佐田くん、引っ越しの方は進んでいるかい」長机の中央の席に向かい合って座ると工藤は本題の前に社交辞令から始めた。2人は今日の午後にもワシントンに向かい情報要員の本名などの個人情報を確認するので、組織としての活動については上層部3人で話し合う予定だ。
「はい、工藤さんが荷物を受け取ってから整理しておいて下さったおかげで開けて仕舞うだけですんでいます。今頃は妻がプロの技を発揮して娘に伝授してるでしょう」「荷物が破損していれば弁償を請求しなければならないが、箱を揺すってみたところでは陶器やガラス製品が割れた気配はなかったよ」「妻は梱包もプロですから」松山1佐の感謝の言葉に杉本と岡倉は顔を見合わせて首を傾げた。実はこの編集部では松山1佐本人の個人情報は各人が独自に探っていても妻についてはWACの陸曹と言うこと以外は何も知らなかった。野戦特科出身の杉本と高射特科の岡倉には「整理と梱包のプロ」と言う職種が判らない。ただし、輸送の本間と航空自衛隊でも輸送機部隊出身の松本は陸の需品、空の補給と推察していた。
「佐田くんが我々の組織の存在に気づいたのは何時だい」ここで工藤が少し危ない質問をした。杉本以下は陸上幕僚長(松本は航空幕僚長)と防衛部長との面接でこの組織が実在すること知り、困惑の中で採用が決まってアメリカに送り込まれていた。同じような経歴を歩んできたはずの松山1佐が事前に察知しているはずはない。
「僕は1997年のペルー大使公邸占拠事件の特殊部隊の突入の報告を読んで自衛隊に海外情報を現地で調査している組織が存在することを確信しました」いきなり想定外の回答を聞かされて4人は凍りついた。中でもその報告を書いた岡倉は倒せば砕け散りそうな固まり方だ。
「あの事件は佐田くんが入隊したばかりだろう」「はい、3尉として守山の35普連に着任したばかりでした」松山1佐の説明に4人は自分の3尉時代を思い出してうなだれた。3尉の頃は組織に慣れるだけで精一杯で余計な推理を働かせる余裕などはなかった。
「そこの中隊長は事件が発生して事態が硬直している頃、僕ともう1人の小隊長に普通科の幹部としての打開策の研究を命じたんです。ところがペルー軍の特殊部隊が突入した直後に回覧された報告書を読むなり、『これは現場に立ち会った人間が書いた文章だ。幹候校の同期が書く文章に似ている』と言い出して・・・」「その中隊長が昨日も話に出たモリヤ1尉だね」工藤の推察に松山1佐はユックリうなずいた。岡倉は幹部候補生学校の同期でも不可解な存在だったモリヤが自分の果たした仕事を真摯に受け止め、鋭く分析していたことを知り、目に氷が解けたような涙がにじんできた。
「その後は現地で調査している人間の存在を前提に報告を読むようにしたんですが、地域が偏っていることに気がつきました。アフガニスタンやイラン、イラクからリビアまでのイスラム圏と朝鮮半島については現地視点で解説されていますが、ヨーロッパ圏やロシア、中国と東南アジア、それにアフリカは外務省の情報の請け売りのようです」ここまで答えて松山1佐は話を聞いている4人の顔を見回した。この少人数で情報収集していれば地域が限定されていることも納得できたはずだ。それにしても中国を実績不十分と断じられたのは本間には不満だった。
「詳しくは午後からワシントンで確認しようと思っているが、ウチの職員を紹介すると朝鮮語が専門の杉本、ペルシャ語と韓国語の杉村(岡倉の偽名)、アラビア語の松本、中国語と広東語、ベトナム語、タイ語の今田(本間の偽名)だ」「一応、中国語要員はいるんですね」ここでも松山1佐は追い討ちをかけ、本間は好感を抱いた第一印象が見誤りだったと首を振った。しかし、松山1佐の話には続きがあった
「中国に関しては国内外の常軌を逸した取り締まりを見れば入国の危険性が高過ぎるのは理解できます。しかし、在米中国人の動向や東南アジアからの視点が働いていないのは何故でしょうか」本間の胸には香港駐在の台湾の工作員・盧暁春が中国で消息を絶って以降、消極的になっていた自分の活動の打開策を提示した松山1佐への信頼と敬意が湧き起こってきた。
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  1. 2020/01/29(水) 13:32:51|
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