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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月1日・皇室ネタが封殺された原因?風流夢譚事件が起きた。

昭和36(1961)年の明日2月1日に文芸春秋に掲載された小説「風流夢譚(ふうりゅうむたん)」が皇室を冒涜しているとして右翼の少年が社長宅を襲撃して家政婦を殺害、妻に重傷を負わせた事件が発生しました。
野僧は高校の図書室の日教組の活動家の教師が管理している書棚でファイルに綴じて大切に保管されている雑誌を見つけ、持ち出し禁止だったためその場で背表紙に題名が記してあったこの小説を読んだことがありますが、記憶に残っている粗筋は「眠っている間は止まり、起きていると動く時計を持っている主人公が電車で渋谷駅に行くと駅前には群衆がバスを待っていて『左慾(さよくの誤字)の人たちが革命を起こした』と噂し合っていました。やがて到着した1台目のバスは『警視庁との射ち合いの応援に向かう。巡査は味方、刑事が反抗している』と説明されて主人公は残りました。2台目のバスは『自衛隊を迎えに行く。反抗するのは幹部だけで下っ端は味方だ』と説明されて今度も残りました。そして3台目のバスに乗り皇居前広場に行くとタキシードを着た皇太子(=平成の天皇)と美智子妃殿下(=実名だった)が斬首されるところで、刑が執行されてから周囲を歩き回ると交差点にはイギリス製のスーツを着た昭和の陛下とスカートを穿いた皇后の首がない遺骸が転がっていて群衆が取り囲んで眺めているのを巡査が交通整理していました。すると昭憲皇太后(=昭和の陛下の母・実名だった)が現れたので主人公が怒鳴りつけると『糞ったれ婆』『糞ったれ小僧』と口汚い罵り合いになり、投げ飛ばして殴ろうとすると頭の中央に禿げがあって驚きました。そこで軍楽隊が演奏を始めたので気分が良くなり、浮かれたまま花火見物をした後、拳銃で頭を射って自死しますが中には蛆虫が詰まっていた。ここで甥に起こされて目を覚ますと時計は動いて進んでいた」と言うものでした。
この作品を右翼団体は「皇室に対する冒涜だ」と猛烈に批判して連日のように文芸春秋社に押し掛けましたが、保守系の文筆家は「左翼革命を揶揄している」と肯定的に評価しており、野僧も何故、日教組の教師が厳重保管していたのか理解できませんでした。
犯人の小森一孝くんは佐賀県出身で、昭和18(1943)年生まれの長崎地方検察庁諫早支部の副検事の息子で高校を中退して家出した後、肉体労働を経験しながら東へ進み、上京して右翼団体に入党したばかりでした(昭和46=1971年没です)。
事件は文芸春秋の社長宅に少年が侵入し、発見した50歳と22歳の家政婦に刃物を突きつけて社長の所在を問い、そこに帰宅した36歳の妻が社長の不在を伝えると逆上して妻の腿を刺し、庇おうとした50歳の家政婦の左脇腹も刺して逃走したものです。動機としては「作者も悪いが、それを売って金を儲ける社長はなお悪い」と供述しています。
この事件後、右翼団体は前年に発生した同じ年生まれの山口二矢(おとや=幹部自衛官の息子)くんによる浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件とは違って被害者が無関係な女性であり、むしろ妻を庇おうとした忠義の家政婦を殺害していることを強く批判しましたが、言論界では作者や出版関係者ではなく家族が襲われたことに衝撃を受け、表向きは言論の自由を主張しながらも皇室に関する文筆活動には自己規制を課すようになりました。
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  1. 2020/01/31(金) 11:43:01|
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