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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1814

王中校は粘進士支処長の執務室で私服に着替えるとタクシーで那覇市内でも国道58号線が隔てた風俗街や観光ホテルが並ぶ地区にあるオフィス・ビルに向かった。2人で乗り込んだエレベーターの扉の上に表示されている入居者の一覧票には空き室が多く、粘支処長が押した階にも表示はない。エレベーターが止まった階で下りて廊下を進むと、粘支処長は看板も出ていないドアの呼び鈴を押した。すると数秒の間をおいてエプロンをした小柄な女性が開けた。
「ファンニン・フォンリン(歓迎光臨=いらっしゃいませ)」「ニー・ハオ(こんにちは)」立ち話を始めた粘支処長の肩越しに見た顔はやはり玉城美恵子だった。
「メイファイスー(美恵子)、チャックしてから開ける手順が身についたようだな」「シデ(是的=そうです)。ウォ シャンシン ディアン(我小心點=気をつけています)」美恵子は粘支処長と正確な広東語の発音で会話している。後ろに立つ王中校の今日の服装はゴルフ・ウェアーのような軽装なので軍服姿しか見たことがない美恵子は気づかないようだ。すると粘支処長が横に下がってあらためて紹介した。
「今日は王茂雄中校を案内した。お前の仕事ぶりと中国語の上達ぶりを確認してもらおう」「ニン・ハオ、王中校。ディン・ジンリュウ(請進入=どうぞ、入って下さい)」美恵子は2人称の呼びかけも「ニー」ではなく「ニン」と敬語を使った。王中校は半信半疑だった語学力の評価に納得しながら台湾からの移住者が利用している無届けの理髪店に入った。
この理髪店は違法経営だけに中を見られない部屋を選んでいるため窓の外には風景を遮る高い建物はない。そんな開け広げの部屋に廃材置き場から拾ってきて修理・整備したらしい旧式のバーバー・チェアーが置かれ、正面には大きいが古びた鏡がはめ込んである。本来は部屋の洗面台らしい水道と湯沸かし器の流し台が色が変わった洗髪台に替えられていて、これで理髪店の体裁が整っている。それでも待合席には日本の理容店式に漫画と雑誌の書棚が設けられており、その背表紙を見ると台湾からの輸入本のようだ。
「この店内はメイファイスーのセンスかね」「はい、私が以前務めていた理容店の良いところは真似しておかしいと思った所は変えました。ただお金がないので私のセンス通りではありません」王中校の質問に美恵子は素直に答えた。以前会った頃の美恵子であれば不満そうな表情をアカラサマにしたはずだが、今日は自分の力不足を反省しているような風情だ。
「結局、この女は理髪師として以外の時間は自分じゃあないんだな。要するに『お前の理髪店のため』とさえ言えば操縦は簡単だ」レジを置いた台の上で鳴った店用の携帯電話に出た美恵子が満面の笑顔になって店の壁に掛けてあるホワイト・ボードに予約を記入しているのを眺めながら王中校が小声で呟くと、粘支処長も「同感」とうなずいた。
「香港の店は日本人に購入させて玉城美恵子を雇って営業させていることにしたい。沖縄から香港に行っている人間を知らないか」那覇支処に戻って王中校は急に話を具体化した。美恵子の仕事ぶりと語学力を確認して一日でも早く現地に投入することを決断したようだ。
「沖縄の実業家が店を購入して腕自慢の理容師に営業させると言う設定は現実味があるから賛成だ。ただし、私は香港から雑貨を輸入している事業者を何人か知っているが、秘密を守れるかには責任が持てない」粘支処長は申し訳なさそうな顔になって答えた。
「名前が使えれば依頼を受けた現地の代理者が交渉したことにすれば良い。登録した通知を受け取っても騒がないようにだけ言い含めてくれ。人選は任す」そこに秘書がコーヒーを運んできたため2人は今回も時事放談に切り替えたが少し余韻が残ってしまった。
「馬英九政権が継続する以上、香港情勢は常に注視していなければならないんだ。香港で行われている中共の共産化政策の実態を国民に周知して後追い自殺することだけは阻止しなければならん」すると秘書は手早くコーヒーを置いて目礼だけで退室した。
「馬英九は香港の1国2制度が有名無実化していることは決して言わない。尤も、沖縄のマスコミは我が国の大手マスコミ以上に中国礼賛だから、不景気な本土政府の利用価値がなくなれば中共に乗り換えた方が良いと考えている人間が増えてるよ」「先ずマスコミと教育を奪取する中共の世界戦略は流石に恐ろしくなるな」台湾の大手マスコミは国民党支持の財閥の経営のため世論も国民党寄りに誘導されている。今回の総統選挙もその成果だ。2人は背筋が寒くなって冷める前にコーヒーを口に運んだ。
「それでインターネットによる情報発信は上手くいっているのか」2人が揃ってカップを皿に置いたところで粘支処長が身を乗り出して質問した。
「若者を中心に閲覧者が急増しているぞ。大陸の妨害は執拗だが、そこは軍のプロが対処しているから阻止できている」王中校の自信に満ちた答えに粘支処長も安堵したようにうなずいた。
ん7・岡田奈々イメージ画像
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  1. 2020/02/02(日) 13:10:05|
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