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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1820

意外にも志織は受験戦争で苦戦を強いられていた。アメリカの大学受験は日本のような一括集中の試験による一発勝負ではなく、カレッジボード(非営利の教育機関)が年7回実施しているSAT(大学能力評価試験)か、アメリカ大学試験事業団のACT(共通学力試験)の成績を提出する。しかし、アメリカでは試験の成績は検討要素の1つに過ぎず、何よりもハイ・スクールの成績と志望理由や自己PRを述べる文章のエッセイ、ハイ・スクールの教師や知人(一般大学の場合は軍の士官学校とは違い政治家に限らない)の推薦状、課外活動、面接の6つの分野で比較されるのだ。
志織はアナポリスの海軍士官学校に匹敵する名門上級軍事大学であるバージニア工科大学を受験したのだが不合格の通知が届いた。
「バージニア工科大学を選んだのは失敗だったな」リビングのテーブルで無表情に通知を眺めている志織に向かいの席から祖父のノザキ中佐が声をかけた。
「2007年の銃乱射事件の犯人は韓国人の学生だっただろう。大学の上層部には日本人と韓国人が真逆の民族だってことが判らなかったんだ」2007年4月16日にバージニア工科大学内で発生した銃乱射事件は教員5名、学生28名が死亡したアメリカ史上最悪(2012年の時点で)の銃乱射事件だ。犯人は永住権を持つ23歳の韓国人で事件後、自死している。
「書類の顔写真を見ただけで要注意人物にされたんでしょう、面接でも韓国人と間違えられなかったの」祖父母は志織を慰める前に不合格になった原因の探求を始めた。この点は「情」よりも「実」を優先するアメリカ流だ。
「面接では日本と韓国の違いを訊かれたから、日本は太平洋に浮かぶ海洋国家なので大陸からの流入する文化を独自に発展させる気概があるけど韓国は地続きだから中国の請け売りするしか能がないって答えておいたわ」志織も祖父が指摘した失敗をあらためて考えながら苦々しそうに答えた。今思えばハイ・スクールで韓国系の男子学生にレイプされそうになって打ち倒した武勇伝を語れば強烈な印象を与えたかもしれないが、別の原因も思い当っている。
「それから課外活動について訊かれて居合道や茶道をやってるって言ったら女性の面接官は興味を持って質問してきたけど、ROTC(予備士官訓練課程)担当の面接官は『チーム・プレイの競技はやっていなのか』って何度も訊いてきたの。やっぱり軍の士官になるにはチームのリーダーであることが必要みたい」これが日本であれば武道の道を極める精神修養としての面も理解されるのだが、アメリカでは単なる個人プレイの格闘技に過ぎないのかも知れない。
「あとは祖父が空軍中佐、両親が日本のグランド・ジエータイ(陸上自衛隊)の1佐と2佐なのにどうして海軍を志望するのかって。私のエッセイでは動機が読み取れないって言われたわ」バージニア工科大学を含む6つの上級軍事大学に限らず、各軍が士官に準ずる待遇を与えている予備士官訓練課程を開設している大学では陸軍と空軍の受講生をキャデット、海軍と海兵隊をミジップマンと呼び分けている。戦前の日本のように各軍が対立している訳ではないが、空軍の士官と陸上自衛隊の幹部である祖父と両親とは異なる海軍を選んだ動機は試験官としても興味を持つのは当然だ。
「それで何と答えたんだ」「日本と韓国の違いを訊かれた後だったからハワイに住んで毎日、広大な太平洋を見ている間に海洋民族としての日本人の精神に目覚めたんですと答えたんだ」志織の説明にノザキ中佐は渋い顔をした。
「アメリカの面接の質問では抽象的な回答は自分の中で具体化できていないと受け取られることが多い。議会の質疑応答でも数字を振り回して説明するのは無理に具体性を示すためだ」「でも実際に志織は淳之介の職場の安全を守る以上の動機は持っていないんでしょう」「うん・・・」スザンナの助け船のつもりの確認に志織は恥ずかしそうにうなずいた。
「ROTC要員は別とは言っても州立大学は州民を優先するから、ハワイからの受験は不利だったんだよ」「ハワイ大学にもROTCはあるんだから頑張りなさい」最後になってようやく祖父母は励ましの言葉をかけた。ノザキ中佐は母親の典子との離婚で佳織が日本に帰ったジュニアハイ・スクールから今日までの時間を追体験させてくれた孫娘が家からいなくなることを想像するだけでも耐えられないほどの喪失感を味わっているのだ。スザンナも失った息子が父親っ子だっただけに志織の存在は母親としての役割を実感させてくれているので同感だった。
「でもダディは親に地元の大学に入学させられたから耐えられなくて中退したって言ってるよ」「多分、モリヤ2佐は自立心が旺盛だったんだよ」本当は中学時代を過ごした本宮山の麓、豊川の流域から一歩でも遠くへ離れたくて海辺の蒲郡の高校に入ったのだが、愛知大学では再びその風景を見ざるを得なくなったことに耐えられなかったのだ。ハワイなら最高でしょう。
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  1. 2020/02/08(土) 13:59:42|
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