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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1823

民政党への政権交代を日本の崩壊、日本人の自滅と見ている韓国の李明博政権はさらに舐め切った行動に出るらしい。岡倉は今回もジアエに呼ばれて今年(2012年)は9月29日から10月1日の秋夕(チュソク)にはかなり早い8月上旬に帰宅した。
「李政権は今度は何をやらかすつもりなんだ」義父が全寮制の神学校に入学して男性は聖也しかいない李家に帰るとジアエは何故か少し申し訳なさそうな顔で出迎えた。岡倉は土産のバスケットボールを廊下に転がして聖也に追いかけさせるとキスを素早くすませて詰問した。
「現政権は昨年末の金正日の死に際して弔意を示さなかったことで親北韓派だけじゃあなくて一般の国民からも批判されてきたの。その上、経済通がセールス・ポイントなのに不況は深刻化する一方だし、最近は大統領自身の金銭疑惑が持ち上がってマスコミには袋叩き常態よ。そうなると・・・」「韓国には反日以外に支持率回復の方策はないのか」廊下を歩きながらも政治談議は続く。ジアエはボールに追いついた聖也を促すと3人でリビングに入った。
「お義母さん、ご無沙汰しています」「タイガー、おかえり」「お義父さんは元気でやっておられますか」先ずはニコヤカに挨拶した。すると聖也が抱えている土産のボールを祖母に見せた。このボールはアメリカ・プロ・バスケットボール・リーグの公式球の規格品なので幼い子供には重いのだが、転がすことしかできない分、安心して室内で遊ばせることができる。
「やっぱりタイガーの土産はアメリカ風ね。我が国で球技と言えばサッカーか野球になってしまうから」それは日本でも大差ないのだが日本には漫画文化があるため、それで人気を獲得した種目が少年の間に急速に広まることも珍しくない。バスケットの場合は1993年から1996年に少年ジャンプに連載され、テレビでもアニメが放送されたスラムダンクだ。
「最近はアメリカでもワールドカップ中継で視聴率を稼ぎたいテレビ局がサッカーの売り込みに励んでいますが、フットボールやバスケットの固定ファンに喰い込むのは難しいみたいです」「それでも多様な価値観が共存できるアメリカが羨ましいわ」ジアエの重い返事と表情に岡倉は現在の韓国に充満している空気を感じた。
「大統領は独島に上陸するつもりみたい」カバンを寝室に運ぶと荷物の整理を始めながらジアエは大統領の行動に関する軍内の情報を説明した。
「今まで竹島、元へ、独島に上陸した大統領はいないだろう」「李承晩は一方的に領有を宣言したけど訪れることはなかったわ。誰も『やらなかったこと』を『やれなかったこと』にして自分がやれば英雄になれるって言う卑しい計算なのよ」2人だけになると親の前でも現職の陸軍少佐として政権批判を口にしないジアエも厳しく指弾する。確かに李明博政権はマスコミが全面的に後押ししていた金大中、盧武鉉の左派政権の経済的失策を挽回するために成立したのだから始めから政権基盤は脆弱で、期待した成果が上がらなければ徹底的な批判されるのは目に見えていた。その打開策が前政権から引き継いだ(いわゆる)従軍慰安婦問題の政府機関によるA日新聞が提供した虚構の史実化であり、最近では日本の民政党政権が外務省の機能を破壊したことを利用した告げ口外交にも力を入れている。
「それにしてもどうしてこの時期に強行するんだ。日韓経済連携協定(EPA)と軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結協議は最終段階だったんじゃあないか」「それは光復節の式典で自分の実績を喧伝するためよ。我が国が日本に奪われていた独島を取り戻したことを自分が大統領として確認したと言いたいのね」ジアエは陸軍少佐として冷静を装っているが表情では憂国の情を露わにしている。しかし、韓国軍内でも現政権への不満とマスコミが扇動する世論に迎合した反日の感情が交差していて誰も政治問題を口にしないらしい。
リビングに戻ると聖也は祖母にボールで遊んでもらっていた。2人でソファーに座ると岡倉は「竹島上陸」には触れずに政治談議を続けた。
「李明博は反日を表明する時、必ず『自分は日本で生まれ、過酷な差別と迫害を受けた』と言うが、生まれたのは1941年12月で日本は朝鮮を含めて総力戦に入っていた。1945年10月には韓国に戻っているから今の聖也くらいだ。聖也に差別が判るのかな」名前を呼ばれて聖也が顔を向けたので岡倉は笑顔を見せ、ジアエがボールを転がした。それを喜んで追いかける聖也の無邪気な姿に岡倉は「迫害なんてあり得ない」と呟いた。
結局、李明博大統領は8月10日に文化観光部長官と環境部長官を同行させて竹島に上陸した。午前中はヘリコプターで鬱陵島に寄って昼食を取り、午後2時前に移動した。テレビのニュースでは1時間半の滞在中には精一杯の喧伝を放送していたが、見栄えが悪い大根役者では全く絵になっていない。岡倉は韓国国内でも反日を表看板にしているマスコミの賞賛を除けば特別な反響がないことを確認して8月15日の光復節の前にアメリカに戻った。
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  1. 2020/02/11(火) 12:00:12|
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