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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1826

想定外の展開になった事情聴取を終え、法務官室に戻るとその足で法務官の面接を受けた。2人でソファーに座ったが二村事務官はコーヒーを持ってこない。
「来客ではないから不要だ」と思っているようなので法務官が声をかけると、きまり悪そうに1曹が持ってきた。私物の携帯電話で通話中とのことだ。
「モリヤ2佐、オランダへの転属の話を聞いたそうだね」「はい、思ってもいない職務で胸が湧き立つ思いですが、本当に実現するんでしょうか」人事教育部の課長から簡単な説明は受けてきたが、国際司法裁判所と国際刑事裁判所は法務省が窓口になっていても判事の職は外務省の最高位にある大物官僚が引き継いでいる。法務・外務の両官僚としては検事の席を手にできるのなら新たな栄転先として確保するはずなので自衛隊に譲るとは到底思えなかった。
「アメリカ政府が君を推薦したらしい。政府と言っても在外駐留軍から君の名前が上がって、それをペンタゴンが国務省に伝えたと言うことだ」法務官のこの説明も、私は海外に駐留するアメリカ軍と仕事をした経験はなく、ましてや国防総省に名前を上げるような人脈は有してない。強いて言えばモリヤ佳織1佐だが、私に相談もなく話を進めるはずがない。
「実は以前から何度か打診がきていることは聞いていたが、陸幕としては法廷で現場の立場を主張できる君を失うことはできないと断ってきたんだ。しかし、そろそろ移動の時期でもあるから国際的舞台への栄転として考えてみてくれ」法務官は政治屋からの苦情への言い逃れに私を遠ざけることは認めないが、栄転としてなら受け入れるつもりらしい。
「私としては民政党政権下で行われるイージス艦の裁判で2審の判決が下りて被告人2人の無罪が確定するのを見届けて移動するつもりでしたが、来年の夏までかかりそうですから相棒の熟練弁護士に託すしかないようです」「国内移動であれば統幕への臨時勤務を発令し直して弁護も継続できるんだが、公判の度に帰国してもらう訳にはいかないな」野畑内閣がどこまでもつのかは判らないが、次の国政選挙で大敗して政権を失うことは誰の目にも明らかであり、衆議院の任期一杯はしがみつくと考えるのが常識だ。その一方で、6月の内閣改造で防衛大臣は防衛大学校出身で元航空自衛隊の軍事評論家に、法務大臣は東京大学法学部卒の元自治省官僚に代わっているので極端な政治介入はないはずだ。
「仮に検事として赴任することになれば、お願いしたい人事があります」ここで今回の移動の話を聞いてから事情聴取中にも考えていた人事上の処置を要望することにした。
「君のことだから実現不可能な要望はしないと思うが、まさか1佐に昇任させて1等書記官待遇で赴任させろと言うんじゃあないだろうな」この確認では私の1佐昇任は不可能と言うことになってしまう。確かに陸上幕僚長の退官の送別会で酒が入った人事教育部の2佐から幹部候補生学校の成績不良と幹部学校のCGS課程に入校していないため「1佐の目はない」と言われたことがある。美恵子が撒いた除草剤は草の芽も生えないほど効いているらしい。
「現在の法務と普通科のほかに警務の特技が欲しいんです」陸上自衛隊の特技制度では陸将補(航空自衛隊は1佐)になれば職種は抹消されるが、その予定はない。
「確かに警務幹部は司法警察職員だが、君はそれを指揮する検事になるんだからその必要はないだろう」「それだけではなく定年退官する年齢なんです」私の意表を突いた説明に法務官は呆気にとられた。警務官の定年は同様の職務を遂行する警察官に合わせて60歳なのだ。
「私も51歳を過ぎましたから2佐では3年後に定年です。折角、新たな職務に移動するなら5年間は腰を据えて取り組みたいんです」「なるほど・・・国際刑事裁判所の検事の任期を確認した上で人教(人事教育部)に相談してみよう」法務官は納得した顔でコーヒーを飲み干した。私の山形の祖父・永乃進は平時の大正時代に徴兵で朝鮮半島へ出征して憲兵になった。その意味でも警務幹部として海外赴任することには特別な思いがある。
「室長、先ほど二村事務官が電話で話していた相手はA日新聞の記者だったようです。記事のお礼の電話でした」事務室に戻ると二村事務官は不在で曹長が困惑した顔で声をかけてきた。この曹長は各方面隊の法務官室から選抜した前任者の交代要員で単身赴任中だ。今度の曹長も前任者と同様に陸上幕僚監部で勤務している女性事務官とは思えない二村事務官の勤務態度と人間性に疑問と不満を持っているらしい。
「A日の記者に室長が日頃から指摘しているA日新聞の嘘を電話で質問して逆に色々と訊き出されたみたいです」そこにコーヒーを下げにいった1曹も戻ってきて、怒りを露わにしながら流しでカップを洗い始めた。これでは私の移動の話は漏らすことはできない。
「ワシに天下のA日新聞で個人的意見の発表の機会を与えてくれたのは二村由美ちゃんだったのかァ」結局、冗談にしなければ平静を保てない私の心理を察して2人は苦笑いしてくれた。
う・中島久美子イメージ画像
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  1. 2020/02/15(土) 12:59:09|
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