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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1833

「次は旭川市内でホテルのルーム・サービスの仕事をしているリリー・オブ・ザ・ヴァレイさんです。このラジオネームはスズランの英語名ですね。直訳すれば谷間の百合。でもスズランはユリ科じゃあなくてスズラン亜科ですよ。だけど名前はスズランでも全く似ていないエゾスズランはラン科です」今度は植物講座になった。スズランは北海道を代表する花だが本州の寒冷な地域でも自生している。一方、エゾスズランは直立して50センチ前後まで成長する。高山植物としては九州や四国まで自生しているのでエゾスズランと言う命名は納得できない。
「スズランの花言葉は春の訪れを知らせる花だから『幸福の再来』。ヨーロッパでは聖母マリアの花として『純潔』もあるみたいです。フィンランドの国花で、北海道では札幌など市の花にしているところが多いですね。旭川市の花は桜ですよ」ラジオネームだけで長い前置きになってしまった。本当は牧場にとってスズランは誤って牛が食べると死ぬことがある危険な有毒植物なのだが、それには触れないですんだ。
「それではメッセージです。ゆきうさぎさん、最近、10歳になるウチの息子が小学校で馬鹿なことを言って困っています・・・お母さんなんですね。先生や友だちに私の仕事を説明するのに『ホテルのベッドの仕事』って言うんですよ。これじゃあコール・ガールじゃあないですか・・・ホテルのベッドの仕事ねェ。間違ってはいないけどお母さんとしては困るわね」照子の前夫は1970年代から80年代の映画のDVDを集めていて1971年公開のジェイン・フォンダ主演の映画「コール・ガール」を見たことがある。物語は特に記憶に残っていないがジェイン・フォンダが客に抱かれていて派手な喘ぎを上げながら冷静に腕時計を確認し、また喘ぎ声を再開する場面だけは印象的だった。当時、照子は前夫との性行為では快感を味わっていなかったが演技でも喘ぎ声を上げるべきかと悩んだのだ。その点、今の旦那さまは若い癖に性技に熟練していて、照子の方が快楽に溺れてしまいそうだ。
「そこでリクエストです。私のホテルの仕事がベッド・メーキングだけじゃあないと判らせるために息子に聞かせます・・・もう一昨年の歌になりますね。植村花菜で『トイレの神様』です」ガラスの向こうの担当者に視線を送るとうなずくのと同時にギターの伴奏が始まった。
「小3の頃から何故だか お祖母ちゃんと暮らしてた 実家の隣りだったけど お祖母ちゃんと暮らしてた・・・」この歌は長いのであまり前置きを長くしてはいけなかった。照子は反省しながら植村花菜の関西弁混じりの歌声に聴き入った。
「・・・トイレにはそれはそれは綺麗な女神さまがいるんやで だから毎日綺麗にしたら女神さまみたいになれるんやで・・・」そう言えば仙台でのラジオ・ボランテイアの時、宇都宮から来ていたとちおとめがこの曲をかけたのだが放送後、副業は坊主の正岡昇が「寺のトイレの神さまは烏枢沙摩(うすさま)明王だ」と教えてくれた。このネタは使える。
「・・・次の日の朝お祖母ちゃんは 静かに静かに眠りについた まるでまるで私が来るのを待っていてくれたように ちゃんと育ててくれたのに 恩返しもしてないのに・・・」歌は涙を誘うところに入った。照子も両目から涙が滲み、鼻水が大量に喉へ流れ込んでしまった。喉に流れ落ちる塩っぽい水を飲み込んだ時、胃から苦い水が逆流してきた。曲は最終段階だ。呼吸と喉の調子を整えなければならない。しかし、胃液に内容物が混じり、喉に湧き上がってくる。照子はマイクのスイッチのオフを確認してヘッド・ホーンを外すと立ち上がってスタジオの隅にある洗面台に駆け寄った。
「ゲーッ、ゲーッ・・・」嘔吐は止まらない。放送がある日は夕食を早めに取っているので内容物はあまりないが背中が痙攣し、胃を絞り出すように胃液が込み上がってくる。ガラス越しに事態を見ていた担当者はCDの続きのカラオケ・バージョンを放送した。
「失礼しました。急に体調が悪くなったので本当に申し訳ありませんでした」嘔吐を終えて水でウガイをしてから席に戻った照子はラジオから顔が見えてくるくらい真剣に謝った。しかし、ガラスの向こうの女性の担当者は不思議な笑顔を浮かべている。実は照子自身も原因に心当たりがあった。それを遠回しに聴取者に伝えることにした。
「明日、病院に行ってこようと思います。結果は来週の番組でお知らせしますが、今の結婚シリーズのリクエストが次のステップに換わることになるかも知れません。旦那さま、一緒に来てね」考えてみれば旦那さまも牧場の新婚夫婦の部屋でこの番組を聴いているはずだ。照子が帰宅するのは書店の定休日の前夜から1泊2日だけで旦那さまが名寄から通っていた頃と変わりがない。だから夜の夫婦の営みは毎回全力投球になり、避妊を忘れることがある。照子も30歳を過ぎているので新婚生活は短くなっても妊娠するのに早過ぎることはない。先日、旦那さまは牛の出産に立ち会っていたが、今度は自分が父親になるのかも知れない。
き・音無響子イメージ画像
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  1. 2020/02/22(土) 10:05:19|
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