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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月25日・韓国軍がベトナム・ハミでも住民を大量虐殺した。

1968年2月12日にベトナム・クアンナム省フォンニィ・フォンニャット村で少なくとも69名、生存者数との比較では79名の住民を虐殺した韓国海兵隊第2海兵師団第1大隊=青龍部隊が2月25日にも同省内のハミ地区でより大規模に住民を虐殺しました。
今回は単独の村ではなく地域の集落の住民を手当り次第に殺害しており、人数では生存者3人を除く女性・老人・子供135人ですが、殺害方法についてはアメリカの要請で軍を派遣した韓国政府に配慮して「集落の広場に住民を集めて銃を乱射し、手榴弾を投げた」と凶悪であっても残虐性を薄めた表現にしています。しかし、実際はファンニィ・ファンニャット村と同様に女性たちに性的暴行を加えながら性交に使えない老人や子供たちから残酷に殺害していったのでしょう。それは古くは日本の対馬や壱岐の島、近くは朝鮮戦争の北朝鮮による占領地域で韓国人と言う野獣たちが繰り返してきた民族性なのです。
問題なのは日本のマスコミと反戦平和団体の対応で、ベトナム戦争を「アメリカ帝国主義に北ベトナムが抵抗している民族解放闘争」と言う勝手な勧善懲悪劇の構図のみで説明し、韓国軍をアメリカの横暴な命令に従属しなければいられなかった被害者として同情的に紹介していたためこの非人道的と表現するのもはばかれるような凶悪極まりない戦争犯罪を日本国内では報道しなかったことです。一方、アメリカでは日本のように単純な反戦平和の勧善懲悪劇ではなく「過去にアメリカが行ってきた戦争には正義があった。果たしてこのベトナムでの戦争に正義があるのか」と言う疑問に基づく報道だったため、同盟国として参戦している韓国軍の犯罪行為についても現地取材している従軍記者からの情報として国民に事実を周知して評価を問いました(現地に派遣されたアメリカ軍の監察官が「韓国海兵隊による犯行」と結論づけた報告書を提出したのは1970年1月10日)。
この報道によってアメリカ国内では韓国軍への批判以上に参戦させていることを問題視する世論が強まったため政府としては対応を迫られ、韓国軍の任務を後方支援に限定するか、逆に北ベトナムのベトコンに完全に支配された「誰を殺しても問題にならない」地域で活動させるかの選択を検討したようですが、結論が出ないうちにアメリカ軍の狂った指揮官によるさらに大規模な住民虐殺が起きてしまったのです。
戦争終結後、ベトナム国内では各地に虐殺記念碑=追悼碑、怨念碑、憎悪碑が建立され、当然、フォンニィ・フォンニャット村やハミ地区にも存在しますが、1999年9月に犯行に加わった青龍部隊の退役軍人が現地を訪れ、生存者や村人に謝罪して新たな記念碑の建立費用を寄付したそうです。その資金で黒大理石に「青龍部隊の兵士が135人を殺した。ここは血に染まり、砂と骨が入り混じり、家は焼かれ、火に焼かれた遺骸を蟻がかじり、血の匂いが満ち満ちていた(中略)過去の戦場はすでに苦痛が和らぎ、韓国人がここを再訪し、恨めしい過去を認め、謝罪した。そして赦しの上に、この石碑を建てた」と刻んだ記念碑が建立されたのですが、ベトナムへの経済進出により影響力を持った韓国政府が再三にわたって圧力をかけたため、現在は碑文の上に蓮の花を描いた石板がはめ込まれているそうです。これが大韓民国と言う国家であり、韓=朝鮮民族なのです。
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  1. 2020/02/24(月) 12:29:45|
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