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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1837

内局を通した業務は遅い。人事教育部の担当者は私のオランダ行きは法務省と外務省から再三打診を受けきたのを断り続けていたと説明していた。それが「話は決まった」と言いながらそこから先は遅々として進まないのだ。
「やはり前例がない仕事だから内局も暗中模索の状態なんだろう」月次の陸上自衛隊に関連する司法の実績報告書の確認しながら法務官は同情するように声をかけてきた。私としてはこちらから希望した訳ではなく、地球を半周する流罪のように言い渡された移動人事だが、それでもこの新たな職務に大いに関心を持ち、期待も高まってきている。
「人事教育部としては君の後任の人選もあるから時期だけでも明確にしてくれと申し入れているようだが、内局は他省庁との調整になるから相手次第と言う答えらしい」報告書に目を通した法務官はバインダーを手渡しながら渋い顔で補足した。内局では防衛庁を警察庁の下部組織とするために暗躍した海原治が敷いた制服組=自衛官を屈従させる組織的慣習が前例踏襲として残っていて、2佐以下の自衛官に関する業務は若手に担当させ、陸海空幕僚監部からの問い合わせにも無礼千万な態度で答えさせていると聞いている。海原の息が掛かった官僚たちは全て退場したと言われているが、前例踏襲として後遺症が残っているようだ。
「時間があるようなら小平の業務学校で研修を受けておきたいのですが」私は定年延長のために警務幹部の付与を希望したが、本音では2008年の改編後は1佐職になっている中央警務隊長(改編までは警務隊本部付警務隊長で2佐と1佐が就いていた)を定年前の最終職務にしたいと考えている。自衛隊では日本国憲法第76条の2項で特別裁判所の設置が否定されているため軍事裁判は開廷できず、諸外国の軍隊のように法務幹部が判事や検事として機能することはない。ならば部隊の長を花道に自衛隊生活を終えたいと言うささやかな願いなのだ。
「いや、国連の会計年度は1月1日更新だから、それまでに戦力化できるように発令するはずだ。その期間を3カ月と見れば9月中には移動になるんじゃあないか」やはり法務官の視野は私よりも高い位置から開けているようだ。私の頭の中では日本の4月1日と志織が暮らしているアメリカの9月1日以外に会計年度は認識していないが、圧倒的多数の国ではカレンダーと一緒に1月1日で行政の年度が更新される。日本以外で4月1日はイギリスとインドやカナダなどの旧大英連邦とデンマークなど、日本人が「海外では」と思っている9月1日はアメリカとタイ、ミャンマー、ハイチくらいの少数派なのだ。
「それでは東京高裁の2審について統幕の首席法務官と民間の弁護士で今後の戦術を話し合っておいた方が良いですね」「統幕としては交代を依頼しなければならんな。弁護料は高いから予算が確保できるのか不安だよ」法務官の渋い顔が苦くなったところで私は踵を鳴らして姿勢を正すと1歩退がり、10度の敬礼、回れ右、前へ進めで退室した。
「事務長、相談したいことがあるんですか」私の法務省への出向と国際刑事裁判所の検事就任が10月1日付で確定し、9月21日の土曜日からの移動期間が決まった頃、二村事務官が深刻な顔で声をかけてきた。ただし、この女性は元々が「美人」と言えば虚偽となる顔立ちで表情は常に陰湿なのでいつも通りではある。
「何だね。私の勤務期間は2週間を切っているんだ。時間がかかる仕事は請け負えないよ」私の拒絶にも動じることなく二村事務官は席を立って私の前に移動してきた。運悪く曹長と1曹は要務でしばらく帰って来ない。
「実は夫から離婚すると言われていまして、慰謝料はいくら取れるでしょうか」あまりにも唐突過ぎる質問に私は呆れてしまった。最近は法律相談専門のバラエティー番組やワイドショーの法律相談コーナーが流行っているので離婚に関する予備知識は一般の主婦にもかなり周知されているはずだ。離婚に伴う慰謝料は婚姻関係が破綻する原因を作った側が苦痛を被った側に支払う賠償金であり、離婚を要求される事態に至った経緯を聞かなければ答えようがない。
「原因は何だね」「私が新聞記者と浮気したことが夫にバレてしまったんです」自分の不倫を告白しながら二村事務官は妙に誇らしげな笑いを浮かべた。私は例の記事が載った日の午後、法務官室で二村事務官を事情聴取していて沖縄返還に伴う日米の密約を取材していたM日新聞の西山太吉記者が外務省の蓮見喜代子事務官と肉体関係を持って秘密文書を入手した事件を思い出して疑ってはみたが、「この女性を抱ける男は夫以外にいない」と考え否定していた。
「それでは貴女の方が慰謝料を支払うことになりますね。ご主人は浮気相手のA日新聞の記者にも請求できますよ」「何でェ。慰謝料は女がもらうんじゃないの」私の弁護士としての説明に二村事務官は金切り声を上げた。この女性を誘惑したあのA日新聞の記者は何を狙っていたのだろうか。陸上幕僚監部でも法務官室では裁判沙汰になった不祥事くらいしか出てこない。
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  1. 2020/02/26(水) 14:43:55|
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