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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1839(一部、実話です)

「お父さん、本土では政府と東京都で尖閣諸島を奪い合ってるみたいだけど、何がどうなってるの」9月8日に野畑政権が尖閣諸島の国有化を発表して数日後、淳之介から電話が入った。淳之介の職場は八重山の海だから尖閣諸島問題は身近な話題なのだろう。
「沖縄のマスコミはどう報じているんだ」先ずは尖閣諸島問題の当事者であるはずの沖縄県の反応を確認したい。この件は梢との電話で話し合うことがあるが、非公式な場所や会合で沖縄県の首脳陣は「魚釣島(尖閣諸島の中国の呼称)だけでなく琉球が中国に併合されれば結果は同じことだ」と語っているらしい。別のルートからは不法上陸して警視庁が拘束した中国人漁民の身柄引き渡しに沖縄県警が難色を示したとも聞いている。
「ウチは八重山日報を取っているから、『中国が明時代には中国領だったと主張しているのは間違っている』って長崎の大学の先生が解説したのを読んでるけど、テレビを見ていると民政党は普天間の辺野古移設で裏切っただけじゃあなくて、元々は中国の領土だった尖閣諸島を返還して歴史を正しい姿に修復したいと言う沖縄県民の願いまで邪魔してるって批判してるんだ」沖縄の地元テレビ局にも政治的中立を義務づけた放送法は適用されるはずだが、私が住んでいた頃以上に共産党中国への偏向を公然化しているようだ。ただし、尖閣問題を共産党中国の立場で解説することが政治的中立に背いているとは言い切れないのも確かだ。
「要するに東京都知事は民政党政権では遠からず尖閣諸島を奪われてしまうと危機感を抱いているんだ。だから所有者から購入して都の所有地にすれば警備に警視庁機動隊を派遣することができるようになると言うのが最近の主張だな。それにワシが納めている都税を使われるんだが説明はないぞ」「それも八重山日報に都知事のインタビューが載ってたよ」私のぼやきに淳之介が想定外の反撃をしてきた。八重山日報は私の沖縄時代の知人である恵隆之介元2等海尉が編集に携わっていて、地元紙の琉球新報がドキュンメンタリ―作家の上原正稔に沖縄戦を主題とする連載を依頼しながら第2話の慶良間諸島の島民集団自決で「パンドラの箱を開ける時」と題する予告文を寄稿したところ掲載を拒否され、再三の抗議にも関わらず拒否を続け、結局は第2話を跳ばして連載を再開しながら途中で連載を打ち切った問題でも、沖縄県内の新聞とテレビが全く取り上げなかった中、八重山日報だけは「言論弾圧」として琉球新報を提訴した上原の寄稿文を掲載している。そうと判れば佳織の「なかじんのそこまで行って委員会」の録画DVDと同じように淳之介には「八重山日報」を資源ゴミ代わりに送ってもらいたいが、オランダ宛てでは送料がとんでもないことになる。
「そこまで判っているなら話は簡単だ。野畑政権としては反中過激派の都知事に介入させないために国有地にしたと言うのが真相だろう。つまり民政党らしく中国に媚を売ったんだよ」これは本土の新聞やテレビで政治記者や解説者が説明している見解の請け売りだが、私はむしろ外務省が共産党中国にどのような説明を弄するかを注視している。政権交代後、民政党は事業仕分けなる三文政治芝居で厚生労働省や国土交通省の事業を自民党の政治屋と官僚と業者の癒着による利権構造の象徴と徹底的に否定した。それをマスコミが勧善懲悪劇のように報じると国民が拍手喝采したため2幕目の悪役にされたのが外務省だった。海外の大使館が主催する会食で王族や政府要人に接待するために提供する高級な料理や酒類を贅沢と頭ごなしに糾弾した上、豪華な宿泊室を外遊する自民党の政治屋用だと断定した。こうして政府要人だけでなく王族にまで強固な人脈を構築し、濃厚な信頼関係を維持しながら紛争地帯で外交官を犠牲に供じて情報収集してきた外交努力も単なる社交と揶揄・誹謗・冒涜されたのだから誇り高き外務官僚たちが民政党政権に奉仕する気になるとは思えない。
「そう言えばワシは10月1日付でオランダに転属になったよ。9月21日から移動日だから荷物の発送を終わらせて今手配している成田からの便で赴任するつもりだ。お前とあかりと恵祥の顔を見てから行きたいが、そんな余裕はないから元気でやってくれ」「お義母さんにもだろう」私の決別の辞を淳之介は茶化してきた。確かに梢に会ってから行きたいが、佳織も高校生の採用試験直前で帰省できず会わずに出発する以上、梢だけに会っては申し訳が立たない。それにしても淳之介には自衛官の旅立ちは出征であり、戦地に赴く覚悟を伴うことを教えてきたはずだ。その点では少し落胆してしまう。するとでき過ぎた息子は想定外の提案をした。
「それじゃあ俺とお義母さんは夏の観光シーズンが終わるから、あかりと恵祥と4人で会いに行くよ。本当はアフリカに出征するお父さんを見送らなかったことを後悔してるんだ」「馬鹿・・・」落胆した気分が床で跳ね返って感激になった。この口調では旅客機から宿伯するホテルまで手配は完了しているのだろう。オランダの借家も家具付きなので引っ越しは中身を送るだけだ。遠路から出征兵士を送りに来てくれる4人のためにも荷造りを頑張らなければいけない。
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  1. 2020/02/28(金) 14:06:21|
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