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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1843

「貴方と飛行機に乗るのって何年振りかな」成田発、アムステルダム行きの全日空機が安定飛行に入り、シートベルトを外す許可が出たところで窓側の席の梢が訊いてきた。梢も会ったことがある王茂雄中校は来日時にはビジネス・クラスを利用しているが、私は申し込みが遅かったためエコノミー・クラスで、そのおかげで梢と2人の空の旅が再現できた。
「石垣島へ行ったのが最後だから・・・」これは「別れる直前」と続くのだが口にはしなかった。当時、八重山の離島の校長を勤めていた梢の父に会うため私の演習の代休を利用して石垣島に旅行したその直後に愛知県の実家から別れを強要する手紙が届いたのだ。
「あの頃、桜とコスモスを見せるって約束してくれてたから本土に行くつもりだったんだよ。そう言えばあかりは桜を感じたけど私はまだよ」「オランダじゃあ桜は咲いてないだろうな。チューリップ畑で許して頂戴」会話の口調が昔に戻ってきた。桜は今帰仁城址の緋寒桜の花見に行った時、花弁のまま回転しながら落ちてくる光景に本土の桜の花吹雪の話をして「見せる」と約束したのだ。あの頃は「防府南基地の桜並木が一番見事だ」と思っていたから山口旅行になるところだったが、基礎課程の時の元カノ=看護師の律子さんに会うと極めて拙かった(美恵子は産婦人科で会った)。一方のコスモスは一緒に行ったさだまさしのコンサートで「秋桜(コスモス)」を聴いて感激したのだが、沖縄では咲いていないため梢は見たことがなく、こちらも「演習の後に連れて行く」と約束したのだ。コスモスは新田原基地から来ている小父さんたちが「西都原古墳群のコスモス」の自慢話をしていたので、昔は新婚旅行の定番だった宮崎旅行になったかも知れない。でき得れば新婚旅行にしたかった。
「薄紅の秋桜(コスモス)が秋の日に・・・」海外旅行では時差解消のために搭乗すれば即座に睡眠を取るのが旅慣れた人の習慣だが、午前中の便なので流石に寝ている人はなく、梢は私だけに聞こえるくらいの小声で思い出の歌を口ずさみ始めた。
「・・・明日嫁ぐ私に苦労はしても 笑い話に時が変えるよ 心配いらないと笑った。今回、母はそう言って見送ってくれたんだよ」「うん、お前となら笑い話にできそうだな」、ここはキスを交わしたいところだが、私は第1種夏服を着ていることを思い出して手だけを握った。海外では公務に限らず軍服を着用している軍の士官には多くの特権が与えられるため私と佳織はハワイへの帰宅の時も制服を着ていく。その分、態度と行動も幹部自衛官としての品格を保たなければならないから人前での口づけはご法度だ。
「でも私は空港で別の歌を思い出してたんだよ・・・表示板が君の飛行機を示す もう25分で君は舞い上がる 引き留めるのならば今しかないよと 壁のデジタル時計がまた一コマ進む・・・」これもさだまさしの「最終案内」だ。航空自衛官だった頃の私が一番好きだった曲で、梢のアパートでもカセット・テープで聴いていた。。
「・・・あの頃は止まれとさえ祈った時間を 知らず知らずのうちに君は持て余している・・・」梢の旅行社の空港支店がある到着ロビーは出迎えだけなので別れはないはずだが、それでも成田離婚の那覇空港版があれば男女の悲哀を目撃することになる。しかし、、私にとっては旅立つ恋人を見送っている若者の心理が佳織に重なってしまった。昨夜、成田空港に近いホテルから梢は佳織に電話をかけ、初めてオランダに同行することを告げ、私は応接セットの椅子に座って2人の会話を聞いていただけだった。嫌になるほど卑怯者だ。
「昨日の電話で佳織は何て言ってたんだ」梢とは頭の中で相手の感情を計算する必要がない。愛情の全力投球のキャッチ・ボールなので思ったことを正直に口にすれば良いのだ。
「うん、お願いしますって。それから有り難うって。最後にごめんなさいって言いかけて止めたよ」おそらく言いかけて止めた「ごめんなさい」は私への謝罪だったのだろう。私も梢と佳織の義姉妹のような関係は熟知しているが、世間的には不倫カップルの海外逃避旅行になる今回の帯同赴任をこのように評価・表現した佳織はやはり捨てられない。
「『空港』と言えばテレサ・テンもあるよな」「あれは会社の宴会の定番曲よ。でも私は『最終案内』の方が好き。あの男の人は何となく貴方に似てるじゃない」確かに旅立つ恋人を引き留めたい感情を胸の中に封印して静かに見送っている若者は私に似ているような気がする。その封じ込めてきた感情を今回のオランダでの生活で開放したい。
「貴方からのエア・メール 雲の上で読み返すの 窓の外はスカイ・ブルー 陰り1つない 愛の色・・・」今度は私が小声で口ずさんだ。この沖縄出身のコーラス・グループ・サーカスの「アメリカン・フィーリング」は親の命令で愛知に帰省させられて梢が待つ那覇に戻る時、機内で唄っていた曲だ。梢は私の歌に合わせて鼻ずさみながら窓の外を見た。そこにも陰り1つない愛の色の空が広がっている。そう言えば那覇と名古屋の往復便も全日空だった。
た・純名里沙イメージ画像
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  1. 2020/03/03(火) 13:29:21|
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