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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1844

日本とオランダの時差は8時間だ。そして成田からアムステルダム・スキポールまでの所要時間は約12時間だ。成田を朝9時発の飛行機に乗ってアムステルダムに着くのは現地の何時だろう。この計算は意外に容易い。アムステルダムに到着したのは日本時間の午後9時だからそれから8時間引けば現地時間になり、12時間経過した昼時の午後1時に到着した。
「それは我が国の・・・」入国審査のカウンターの前にできた行列の最後尾に並ぶと警備員が陸上自衛隊の制服を着た私に英語で声をかけてきた。警備員は振り返った胸の防衛記念章を見て絶句した。賞詞に縁がない私の防衛記念章は2段だが、上段の左側には北キボールPKOでオランダ軍の任務遂行に貢献したことによる勲章の略綬が装着してある。授与式には東京拘置所に収監中だった私に代わり、アメリカ陸軍のCGSに留学していた佳織と志織が出席した。
「アフリカでオランダ軍と一緒に仕事をしてね」「どうぞこちらへ。奥さまもご一緒に」外国では軍の士官に対して格段の敬意を払うものだが、自国の軍の勲章を授与されている人物であれば階級に関係なく最上級の対応をしてくれる。
「奥さまだってどうしよう」「ワシが説明するよ」警備員に案内されて特別人物用のカウンターに向かいながら梢が心配そうに呟いた。確かにパスポートの氏名はニンジン・モリヤとコズエ・アサトでも海外では別姓の夫婦もいるから問題はないが、日本で申請した書類まで確認されると拙いことになる。下手すれば重婚の疑惑を持たれかねない。
「単なる同伴者で押し通そう」「日本からついてきた家政婦と言うことね」若い頃、私の4日前=6月27日の誕生日の贈り物を訊いた時、梢は「一緒にいたい」と答えた。今もその気持ちに変わりがないから自分を「家政婦」と呼ぶことに抵抗がないのだろう。
「ルテナン・カーノー(2佐)・ニンジン・モリヤ・・・ヒョッとして北キボールでムスリム(男性のイスラム教徒)の暴徒から我が軍の士官と下士官を救った日本陸軍のキャプテンですか」私たちの順番になると中年の担当者は少し身構えたように確認してきた。特別人物用のカウンターでもファースト・クラスから下りた社会的地位が高い人たちが並んでいたが、やはり制服姿は目立ち、周囲の視線は略綬に向かっていた。オランダ軍の略綬は機械の部品のような安っぽいデザインの自衛隊の防衛記念章とは違い、王家の風格を感じさせる紫の台座の中央に同じ色の丸い宝石が装着されていて遠くからでも目立つのだ。それにしても10年前の事件を憶えているのは軍事情勢では話題に登らない平和国家・オランダの国民も意外に強い関心を持っているのかも知れない。ただし、北キボールでの行動を見る限り、強い軍隊とは思えなかった。
「はい、そうですよ。この度はスフラーフェン・ハーブの国際刑事裁判所に赴任してきました」「モリヤ2佐は日本で刑事被告人になったと報道されていましたが」「今では検事です」私の説明に担当者は困惑することなく納得したようにうなずいた。やはり私の真価は日本人よりも外国人の方が理解してくれるらしい。ちなみに私が赴任する都市は日本ではハーグでも正式にはスフラーフェン・ハーブ、略称ではデン・ハーブだ。憲法に明記している首都はアムステルダムでも国会議事堂や首相官邸などの国政機関の大半はスフラーフェン・ハーブに所在し、王宮もアムステルダムは離宮だ。これは日本の東京と京都の関係も同様で、皇室的には遷都の勅令を発していない以上、東京の皇居はあくまで仮住まいで本宅は京都の御所になる。
「栄養の摂取量は調整できてるの」入国手続きを終えて空港ビルの売店フロアを歩きながら梢が確認してきた。梢は私に糖尿病の診断を受け容れるよう命じただけに病気の勉強にも励んでいるようだ。今日は12時間=半日は座り放しでエコノミー症候群への不安を痛感するほど完全な運動不足な上、機内食が2回出て食事は3食終わったことになる。その一方で、これから半日生活するのに空腹では低血糖の心配もある。欧米での糖尿病はカナダのフレデリック・バンティング博士が1920年代初頭にインスリンを発見して以来、そのホルモン異常によって発症すると考えられてきたが、元来が粗食の日本では暴飲暴食が原因の贅沢病と決めつけられ、医師は食事制限を強制していた。しかし、今では「低血糖の方が危険だ」と前言訂正して節度ある栄養摂取を指導している。梢はその最新医療情報も学んでいるようだ。
「2度目の機内食は軽食だったから果物を食べても算上のカロリーは合うだろう。夜は野菜料理で腹を膨らますよ」「よろしい。今日はホテルだけど明日は引っ越しと買い物で大忙しになるから元気を出さないとね」私の返事を聞いて梢は私が引いているキャリー・バックの取っ手に手を重ねてきた。私は両手がカバンで塞がっているのでこうするしかつなぐ方法がない。
梢に連れられて地下に向かうエスカレーターに乗った。オランダ国鉄のアムステルダム・スキポール駅は地下にある。海面下3メートルの空港の地下に駅を作って大丈夫なのかと心配になるが、日本の東京の地下鉄もエスカレーターの長さを考えれば海面下のはずだ。
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  1. 2020/03/04(水) 14:24:37|
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