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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1845

スフラーフェン・ハーブはハウステンボスを我が母校・陸上自衛隊幹部候補生学校がある久留米市内に移設したような街だ。大きくはない現代の市街地に歴史的な建造物が混在し、それが不思議に調和している。その代表が市内にある国際司法裁判所と国際刑事裁判所の対比だ。国際司法裁判所は第1次世界大戦後の1913年にアメリカの大富豪のアンドリュー・カーネギーによって建設された大聖堂のような平和宮を使用している。一方、国際刑事裁判所は2003年に設置されたばかりの現代的なガラス張りの建物だ。
「国際刑事裁判所へ」「スケベニンゲンの方ですね」翌朝、私はホテルに梢を残してタクシーで郊外にある国際刑事裁判所に向かった。タクシーに乗り込んで英語で行き先を指定すると初対面の運転手は私の人間性を言い当てた。困惑しながら座席に腰を下ろし、シートベルトを締めるとそれを確認した運転手は発進させた。車内での会話によればスケベニンゲンに聞こえたのはオランダ訛りの発音で、片仮名ではスヘフェニンゲンと書く市街地から6キロほどの沿岸部の地名らしい。オランダは有史以来、イギリスと対峙してきたため大半の市民は英語に堪能なのだが、オランダ語自体は濁音を多用するドイツ語に近く気をつけないと聞き間違えそうだ。
国際刑事裁判所はスフラーフェン・ハーブでも市街地が終わる外れに在り、建物の背後は開拓するまで小島だったような低い丘陵の森林だ。運転手の説明によれば第2次世界大戦末期の連合軍の空襲で破壊されたアレクサンデル兵舎の跡地らしい。手前の交差点の対角には総合病院があるので持病を抱える私には願ってもない立地条件のようだ。
「初めまして。日本から次席検事として着任したルテナン・カーノー(2佐)・モリヤ・ニンジンです」建物に入ると陸上自衛隊の制服姿の私を見て警備員が検察局がある階を教えてくれた。それは検察局の事務室と秘書も同様で実にスムーズに検察官に会うことができた。
「いらっしゃい。待っていましたよ」モレソウダ検察官は立ち上がるとソファーを勧め、自分で部屋の隅のロッカーに置いてあるドリッパーのコーヒーをマグカップに注いで両手の指にかけて運んできた。モレソウダ検察官はアフリカ大陸西岸のガンビアの女性で私や梢と同じ年齢だ。ガンビアは北キボールの隣国だが、アラブ系だった北キボールとは違い黒い丸顔と厚い唇はアフリカ人の標本のようだ。私は同様の大物女性を正妻にしているので圧倒はされないが、かなり迫力負けしている。特に鋭い目には腹(胸ではない)を射抜かれそうだ。
「モリヤ2佐は非公式とは言えホワイトハウスの推薦なので非常に興味を持っているんです。知っての通りアメリカ政府は自軍の戦争行為は自国内で完結させることに執着していて、戦争犯罪の捜査と摘発に我が国際刑事裁判所が介入することを拒否しています。そのアメリカが推薦してきた日本陸軍の法務士官ですから・・・」モレソウダ検察官はアメリカの操り人形、下手すればスパイと疑っているような目で見据えた。
「私自身は必ずしもアメリカが振りかざす独善的なキリスト教の正義の信奉者ではありませんからホワイトハウスの期待に添えられるかは判りません」私の皮肉な返事にモレソウダ検察官は半信半疑な顔で苦笑した。ここは私の立場を補強する必要がある。
「私は佛教徒ですからアメリカの前政権が繰り広げた十字軍の復活戦争には反対していました」「その頭はブッディストだからなんですね。私は日本版スキンヘッドなのかもって疑ってましたよ。帝国時代の日本はヒトラーとムッソリーニと手を組んで戦争犯罪を起こしましたからね」モレソウダ検察官の厚い唇が笑顔を作ったが私は逆に口の中で苦虫を噛み潰した。スキンヘッドはドイツのネオ・ナチスの若者たちの通称で英語としては蔑称に当たり、ボイル・ヘッド(茹で卵頭)と呼んでもらわなければならない。
「ナチスの反ユダヤ政策を人道上の犯罪にしてドイツ軍の正当な戦闘行為まで完全否定し続けていることは、先ほど検察官が批判したアメリカの独善性を肯定することになりませんか。当時のドイツ軍でも騎士道精神を受け継いだ軍人は数多く存在して陸戦規則に基づいた戦争を遂行していました。勝者を白、敗者を黒に塗り分けるような単純な善悪判断は佛教徒にはできません。人間の行為は灰色の濃淡でしか評価できないものです」いきなり悪癖が発症してしまった。これだけの熱弁を英語で繰り広げられたのはマグレに近いが、私の信念を訴えることはできた。するとモレソウダ検察官は唇に続いて目も緩めて笑顔を強化した。
「モリヤ2佐の佛教的法律観はホワイトハウスとは別の人脈から説明を受けています。アメリカが『テロとの戦い』と名づけた現在の国際紛争は事実上の宗教戦争ですから欧米のキリスト教の正義でイスラム教の正当行為を断罪しても本質的な解決にはならないでしょう。期待していますよ」モレソウダ検察官はコーヒーを飲み干して手を差し出したので握り返したが、私よりも大きく肉厚で、握力もかなり強烈だった。腕相撲で負けた海兵隊のジェニーを思い出した。
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  1. 2020/03/05(木) 12:52:33|
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