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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1847

オランダは北海道よりも北に位置するが海洋性気候のため比較的温暖だ。それでも日差しは弱く日本、特に沖縄の10月に比べると肌寒く感じるようだ。
「お前は衣類を全部航空便で送ったんだな」「うん、現地の服装は旅行ガイドでお客さんに注意する基本なのさァ」私が書籍類や雑貨を片づけている間に2人の衣類を箪笥に仕舞い終わった梢はトレーナーの上に薄手のサマーセーターを着て寝室から出てきた。薄手と言っても沖縄では冬用の装いだ。私は出発してモレソウダ検察官に会いに行った時までは第1種夏服だったが、ホテルで迷彩服に着替えている。しかし、これから買い物に出るにはもう1度私服に着替えるべきか悩むところだ。すると梢が「行くよ」と誘ったのでそのままになった。
「デン・ハーブで一番大きいスーパーマーケットはアルバート・ハインのフローテマルクスラート店なんだって」私は急な移動で下調べが不十分なまま来てしまったが、梢は旅行社が客に説明するためのプロ用ガイドブックから始まって本やインターネットでも詳細に研究してくれていた。こうなると今回の強引な同行は計画的犯行、「元へ」綿密な作戦と言うことになるが昔から勇猛果敢で用意周到な性格だった。
「フローテマルクスラートと言うとデン・ハーブ市内では1番の繁華街だな」「ぶーッ。デン・ハーブ=スフラーフェン・ハーブは市ではありません。村です」今日は立場逆転だ。若い頃にも梢から沖縄の地理、歴史、文化の教育を受けたが、それがオランダでも再開されるらしい。
「人口60万人の首都だぞ。村のはずがないだろう」「オランダでは日本みたいに人口で市になるんじゃあないみたい。住民が村に愛着があって申請しないから世界最大の村になってるって本に書いてあったよ」やはり私の豆知識では梢の研究成果には対抗できないことが判った。
60万人と言えば私が似ていると思った久留米市の2倍で防府や善通寺、久居は遠く及ばない。そう言えば私が沖縄で勤務していた頃、豊見城村が「日本一人口が多い村」になっていたが、それでも3万人前後だったはずだ。いきなり勉強になった。
アルバート・ハインのフローテマルクスラート店は「村内で1番大きい」と言っても4階建て地下1階の小じんまりとした店舗だ。日本人はヨーロッパと言えば古びた街並みの路地にある露店式の市場を思い浮かべるが、市民は日本人と同様にスーパーマーケットを利用している。
「貴方は毎回パン食で大丈夫」食品売り場に並んでいる食材を眺めながら梢が訊いてきた。私の持病的にはパンは製造過程でバターなどを加えるため食べられる重さが白米よりも小さくなる。麺でも饂飩や蕎麦、素麺ではなくパスタやマカロニになるので悩ましいところだ。こうなるとキャベツと小麦粉でお好み焼き=和風ピザにするのが一番健康的なのかも知れない。
「ヨーロッパでも米を食べるんだよ」「イタリア料理のリゾットのことか」若い頃、2人の行きつけだったスパゲティー店のアルデン亭で試作品のリゾットを食べたことがある。私は「洋風の雑炊」と言う感想だったが梢は気に入ってしまい、作り方を習って帰るとしばらくリゾットが続いた。その後は佳織も作ることがあったが、美恵子の献立には入っていなかった。
「それだけじゃあないよ。イギリスにはケージャリーがあるし、スペインにはパエリア、ギリシャのドルマにハンガリーのラコットボスツゥア、ドイツと北欧のミルヒライスは主食なんだって」梢が一気に並べたところを見ると実家で試作してきたのではないか。梢の補足説明によればミルヒライスは米を牛乳で炊いてシナモンで香りをつけるパンやパスタ代わりの主食だが、ケージャリーはカレー風味の混ぜ飯、パエリアは洋風炒飯、ドルマはロールキャベツの芯が米、ラコットボスツゥアはグラタンでもオカズとして食べているそうだ。
「だからお米を売ってるって思うのさァ。でも炊飯器がないから・・・」「よし、飯盒炊飯なら任せておけ」妙なことを請け負ってしまった。鍋の蓋に重しを載せればガスで米が炊けないことはないが、熱の伝導性が高いアルミの鍋では間違いなく底が焦げるので長持ちしない。
「基本的にはパン食で良いぞ。インスリンの接種量で血糖値を調整すれば良いんだ。米も買っておいて懐かしくなった時に焚こう」「そうね。日本食にできる食材を見つけて研究するわ」実際、オランダはニシンなどの海産物が豊富なので調理方法を日本式にすればそのまま日本食になる。それには調味料が必要だから探さなければいけない。それにしてもこんな会話はダイナハ=ダイエー那覇店や平和通りの公設市場で「本土の料理の研究」に使う食材を探していた場面を思い出してしまう。梢は居酒屋で私が注文した本土の料理の作り方を店員に訊いてはアパートで練習していた。
「残念ながらニシンは刺身に向かないんだよな」「アニサキスでしょう。元々が生食用じゃあないから諦めて」鮮魚コーナーには綺麗なニシンが並んでいるが梢は初めて見たらしい。それでも胃を突き破る寄生虫の知識は持っている。せめて名物の塩漬けを楽しもう。
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  1. 2020/03/07(土) 12:30:43|
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