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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月21日・弘法大師忌

承和2(835)年の明日3月21日(太陰暦)に高野山で日本佛教界のスーパースター(歌謡界なら美空ひばり、漫画界なら手塚治虫、相撲界なら大鵬でしょうか?)・弘法大師・空海さまが遷化されました。
ただし、高野山では即身佛として洞穴の中で佛道を行じておられているとされ、食事を供えていますので「姿を隠された」とするべきかも知れません、
野僧は弘法大師の生誕地である香川県(讃岐)の善通寺市に滞在したことがありますが、東に讃岐富士、西に五岳山がそびえる(と言っても海抜は低い)静かで美しい土地でした。
ここで面白かったのは地元の人が弘法大師や空海ではなく「真魚(まお)」と言う俗名で呼ぶことで、五岳山の崖を指差しながら「あそこから真魚さんが飛び降りたら天女に救われて、自分が世に必要な人だと自覚したんや」と説明してくれました。
日本の佛教史で理解しておくべきことは、伝来の順番が中国と入れ替わっていることです。
平安佛教として弘法大師の真言密教と伝教大師の天台宗が伝来し、鎌倉佛教として禅や念佛が移入され流行しましたが、中国では禅が先で日本でも有名な弘忍や慧能、百丈、臨済などは奈良佛教の鑑真和上と同年代です。
そして、その厳しい修行や悟りに至る困難さへの対案として念佛が提唱され、次に現世利益への要望に応えるため妙法蓮華経の天台宗が広まったのです。
さらに密教は当時、最新の天文、自然科学、土木工学や医学、薬学を網羅した実用に即した教義としてインドから伝来しました。
だから弘法大師は故郷の讃岐に満濃池などの建設工事を成し遂げ、鉱山や温泉を掘り当て、日本各地で病者を治療して回ったのですが、まだ佛教そのものに対する理解が成熟しておらず、全て弘法大師の神通力による奇跡の伝説にされてしまいました。
今でも真言密教と言うと加持祈祷のイメージがあり、深山幽谷での厳しい修行についても宗教学的には古神道である山岳信仰の山伏と区分ができず、大自然の中での過酷な修行によって超常的な霊力を身につけられると信じられているのですが、本来はもっと科学的な宗教だったのです。
実際、真言宗の根本経典「大楽金剛不空真実三摩耶経(いわゆる理趣経)」で説かれている教えは、欲望を肯定し、むしろ善なる方向へ燃え立たせることで社会を浄化し、理想を実現すると言う現代人にもそのまま納得できる内容です。これを教えとするか、単なる祈祷の道具とするかで意味は変わってしまいます。
最後に弘法大師のとても人間的な伝承を紹介します。
高野山の麓には「九度山」と言う真田昌幸、幸村父子が流されたことでも有名な土地があるのですが、この地名は弘法大師の母親が夫を亡くした後、息子を頼って身を寄せたものの高野山は女人禁制であったためここに住み、大師は年に九度、山を下りて母に会い、孝養を尽くしたことが由来だそうです。
「道のために老いた家族を捨てろ」「死の床にある師僧を置き去りにせよ」などと強要する道元あたりに聞かせたい美談です。やっぱりスーパースターですな。「南無大師遍照金剛」
り1・弘法大師堂小庵の隣りのお大師様
  1. 2013/03/20(水) 09:20:43|
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