FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1850

夕食は予定外の好物になった。海岸沿いに歩いていて住宅街の一角で開いていた魚店でオヒョウを見つけたのだ。オヒョウは日本では主に北海道近海で獲れるカレイ科の巨大魚で、今日売っていた魚体も畳2枚分以上の大きさがあった。私は北キボールPKOの事前教育で行った岩見沢駐屯地の食堂で食べて以来、その独特の食感と風味が忘れられず、東京で探していたのだが見つからなかった。梢はオヒョウの大きさに圧倒されていたが、私の顔を見てステーキサイズの切り身を買った。ヨーロッパではフライやムニエルにするそうだが、私としては北海道で食べたバターと胡椒で味つけした叩き風のステーキにしたい。
「マーサイ(美味しい)さァ」「だろッ、イッペイ・マーサインビン(とても美味しい)どゥ」オヒョウのステーキは魚の切り身なので箸で切れる。それを頬張った梢は大きな目を全開にして感嘆した。本土の食通たちはカレイでさえヒラメよりも大味だと格下にするのでオヒョウなどは論外かも知れないが、素人の私は淡泊な白身に脂味が加わり、何とも言えない食べ応えがあり、魚肉ステーキにするには最高の食材だと思っている。
今夜もシャワーは一緒に浴びた。佳織とも時には一緒だったが、この習慣は梢が始まりだ。それでも鑑賞に値しない体形だった美恵子とは殆んど実施していない。
「貴方は浴槽がないと困るんじゃあないの。元々はナイチャァでしょう」シャワーの前に洗面台で頭と髭を剃っている私に梢が声を掛けてきた。このマンションの浴室はシャワーとトイレと洗面台、洗濯機と乾燥機などの水回りが1室にまとめられているが浴槽はない。スペースとしては中で身体を洗う西洋式の風呂桶を置けそうだが持ち込みらしい。
「ワシは淳之介が子供の頃には一緒に湯船に浸かったたけど基本的にはシャワーだから気にならないよ」沖縄ではシャワーで汗を流すことが入浴なので、その習慣が身についてしまった。本土でも美恵子は沖縄式、佳織はアメリカ式なので、あまり湯船に浸からなかった。
「淳之介はあかりと一緒に浸かってるみたいだけどね」どうやら淳之介の安里家の方が本土式の生活習慣を継承しているようだ。それにしても淳之介の石垣島のアパートの浴室の浴槽はそれほど大きくなかったので密着度はかなり高い。あかりが恵祥を身籠ったのは浴室だったのではないか。愛おしい梢の裸を見ながらそんな馬鹿なことを考えても私の男根は反応しない。これなら日本の民法が定める不貞行為を犯す危険性はない。誠に残念なことだが。
シャワーを終えるとオランダ版パジャマ・ミーティングになる。しかし、佳織とは酒を飲みながら仕事や時事問題を議論していたからミーティングだったが、梢とはもう少し柔らかい語らいになるので談笑のチャアティングが正しい。
「私、オランダ語教室に通おうかって思うの」梢が沖縄から送った航空便に入れてきてくれた泡盛で乾杯すると唐突に本題に入った。酒が入るとお茶目な笑い上戸になってしまうため、素面のうちに結論を出すつもりなのだろう。
「教室を開くほどデン・ハーグに日本人がいるのかなァ」「英語の教室ならあるはずさァ」私の疑問は梢の英語力を見くびっていたのかも知れない。アメリカ生まれでジュニア・ハイスクール=中学2年まで育ち、大学もアメリカへ留学した佳織ほどではないにしても、沖縄では最優秀の高校を卒業している梢の英語力も得意科目だっただけにかなり高度だった。一緒に洋画を見に行っても私は字幕を持て反応したが、梢は俳優の台詞で泣き笑いしていた。その後も旅行社の空港出張所で外国人を相手にしてきたのだからかなり進歩しているはずだ。
「オランダ語ってドイツ語に似ているからサミットの時に勉強したのが役に立つはずさァ」この勉強家は2000年に開催された沖縄サミットの時には取材に来る首脳の国の記者に対応するためドイツ語にまで手を広げたらしい。余技として広東語まで修得しているくらいだ。
「貴方がシマグチ(沖縄方言)をマスターしてシマンチュウ(沖縄の人)の中に溶け込んでいたみたいにオランダの人と親しくなりたいのさァ」確かに典型的にナイチャア(本土の人)の顔の私がシマグチを話すとシマンチュウたちは一様に驚愕し、その反動で強く親愛の情を示してくれた。私は自分を理由にしてくれたことに感激しながら泡盛を口に運んだが、梢の潤み始めた目は妙に悪戯っぽい光を浮かべている。
「何よりも私がオランダ語をマスターすれば通訳として貴方の公務にも同行できるでしょう」国際刑事裁判所は在宅勤務も容認されているが公判が迫れば当然出勤することになる。そんな時も私費で雇用した通訳兼秘書として一緒に勤務するつもりらしい。流石だ。
「そろそろ電話をしても大丈夫かな」泡盛の水割りを2杯空けたところで梢は固定電話の横に置いてある日本時間の時計を見た。オランダ時間で夜の11時は日本時間の朝の7時だ。不肖の父親としては愛娘が暮らすハワイ時間の時計も置かなければいけない。
ち・水島裕子イメージ画像
スポンサーサイト



  1. 2020/03/10(火) 13:21:27|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1851 | ホーム | デ・クエヤル国際連合事務総長の逝去を悼む。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6003-c9caeb62
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)