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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1851

翌朝、私はモレソウダ首席検察官に呼び出されて国際刑事裁判所の検察部に出勤した。どうやらリミッド次席検察官を交えて捜査と訴追の役割分担について話し合うようだ。前回のモレソウダ検察官との面談ではリミッド次席検察官はベルギーの司法試験に合格して検事を務めた経験はあるものの本業は法学者なので「公判については素人に近い」と言っていた。
「グッド・モーニング(おはようございます)・マーム(女性への敬称)」「カムイン」秘書室に顔を出してから首席検察官室のドアをノックして声をかけると即座に返事が戻ってきた。海外で女性を訪ねる時には身支度を念入りにする余裕を与えるため遅刻するのがマナーと聞いているので10分遅れてきたが、モレソウダ首席検察官は意外にせっかちなのかも知れない。
「ルテナン・カーノー(2佐)・モリヤです」「おはよう。モリヤ2佐」あえてドアの横で姿勢を正し、自衛隊式に10度の敬礼をするとモレソウダ首席検察官は苦笑して出迎えた後、机の上に広げていた新聞を畳み、立ち上がってソファーを勧めた。今回もドリッパーのコーヒーを御馳走してくれるようだ。今日は少し余裕があるのでその手元を見ていると自分のコーヒーには砂糖を大量に入れている。北キボールでも現地の人に出されるコーヒーや紅茶が非常に甘くて持病持ちとしては困ったものだが、この巨体の原因は糖分の過剰摂取なのではないか。その点、私はアメリカ式にブラックだと思ってくれているが、日本の喫茶店よりもかなり濃いのでアメリカン・コーヒーではない。
「首席検察官のガンビア式なんですか」モレソウダ首席検察官が目の前にマグカップを置いたところで質問してみた。中では醤油のような茶褐色の液体が湯気を立てて揺れている。
「私はアルジェリアの大学に留学していたからアルジェリア流です。アルジェリアのコーヒーはフランス式だけどトルコの影響の方が強いみたい」日本では「日本がアイス・コーヒー発祥の地」と信じられているが、大半の国では「アルジェリアだ」と言われている。イスラム圏では戒律で飲酒が禁じられているため嗜好品としてのコーヒーの文化が根づいているのだ。
「ゴデモーゲン・メブロウ」そこでドアがノックされ、私やモレソウダ首席検察官よりも5歳ほど若い男性が入ってきた。これは同じ挨拶のオランダ語らしい。男性はヨーロッパ人のインテリの見本のような容姿でシルバーに近い金髪を七三に分け、銀縁の眼鏡をかけている。服装も品の良いスーツにネクタイで、私も梢の勧めで陸上自衛隊の制服を着てきたのが正解だった。
「ミスター・リミッド、こちらが次席検察官として日本から着任したモリヤ2佐です。モリヤ2佐、こちらが捜査担当次席検察官のミスター・リミッドです」モレソウダ首席検察官と一緒に立ち上がるとそれに合わせてリミッド次席検察官も歩み寄り、ソファーのテーブル越しに向かい合った。紹介が終わったところで私が手を差し出そうとするとそれを遮るように手を遅ってきた。握手の作法で男女の場合は男性から求めてはならず、同性では目上が先になる。つまりリミッド次席検察官は早々に先任者としての立場を誇示したようだ。軍人の社会的地位が高い海外では制服を着ている私には敬意を払う必要があるが、それを職務にまで持ち込まれることを阻んだ可能性もある。根底に人種差別がないことだけは願いたい。
「モリヤ2佐はジャパン・アーミー(日本陸軍)で法務士官の他にも歩兵(普通科)と憲兵(警務科)の職務を遂行していたんですね」モレソウダ首席検察官はリミッド次席検察官のコーヒーを運んできてから席に座ると話を切り出した。どうやら私の履歴書が届いているらしい。
「日本には軍隊は存在しませんからジャパン・アーミーではなくグランド・ジエータイと呼んで下さい。ジエータイはセルフ・ディフェンス・フォースの日本語です」いきなり話の腰を折ってしまったが、目の前のリミッド次席検察官の視線が冷やかなので本題の前に一呼吸を置いた。
「なるほど。それで法務士官として軍事法廷では判事と検事、弁護のどの職務を得意としていますか」「日本には軍事法廷は存在しませんが、一般法廷では弁護が専門でした」2人とも私の履歴を見て日本国憲法による特殊事情も下調べしているらしく、通常であれば詳細な説明を求められる国際常識では理解不能な説明にも特に反応しなかった。
「すると憲兵のモリヤ2佐としては捜査と訴追のどちらを担当したいのですか」ここでリミッド次席検察官の目が眼鏡の奥で光ったが、姿勢を変えないところは中々の役者だ。
「国際刑事裁判所が担当する主要な公判はウォー・ロウ(武力紛争関係法)に関連する事案だと考えています。そうなると現地調査に私の普通科での経験が大いに役立つのではないでしょうか。少なくとも戦場に入るのに必要な知識と経験は積んでいます」「現地の若者3人を殺害した経験もあるそうだからね」私の希望を聞いてリミッド次席検察官は意味のない皮肉を吐いた。私がリミッド次席検察官なら自分の法廷での経験不足を告白して「仕方なし」で訴追担当者に誘導するのだが、誇り高き学者先生はヨーロッパ人の論理展開から踏み出さないらしい。
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  1. 2020/03/11(水) 13:07:16|
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